氏子さんが育てたみかんを全国へ!みかん販売会社の社長を務める神主さんに聞いた「農業と神社の結び」【大元神社(愛媛県)井上雅仁禰宜インタビュー】
愛媛県の宇和海に面する日本有数のみかんの名産地、真穴 (まあな)地区。
太陽の恵みを受けて育った「真穴みかん」は、薄い皮と甘い果肉が特徴のブランドみかんです。
今回インタビューしたのは、真穴みかんを販売する会社「旬香 (しゅんか)物産」の社長も務める神主の井上雅仁 (まさひと)さん。
真穴地区から近い大元(おおもと)神社に生まれ、神主として地域の神社を守りつつ、
経営者としては全国に、氏子さんたちが育てた真穴みかんを届けています。
月間120万ユーザーが集まる神社お寺・御朱印の検索サイト「ホトカミ」では、
「神主さんの言葉を通じて、神主さんや神道の魅力を伝えたい」という想いから日本全国10名の神主さんのインタビュー記事を公開しています。
「神主の家系に生まれて、なぜ会社の社長になったのか?」
「社長と神主を両立させる井上さんの、会社の経営理念『結ぶ』に込めた想いとは?」など、氏子のほとんどがみかん生産者という珍しい地域で、みかん産業と神社を守るために奮闘する井上さんの想いに迫ります。
- 氏子さんのほぼ100%がみかん生産者!氏子さんと神様・全国のお客様を繋ぎたい
- 神主としての考え方が自然と込められた経営理念『結ぶ』
- 神話のふるさと・島根で「生活に近い神社の在り方」に気付き、神主の道へ
- できるだけ多くの市民と関わろうとした市役所時代
- みかん産業が残るから、100年後にも神社が残る
目次
氏子さんのほぼ100%がみかん生産者!氏子さんと神様・全国のお客様を繋ぎたい
井上さんは神主でありながら、会社の社長も務めていらっしゃると聞きました。
どんな会社を経営されているんですか?
地元、愛媛県の柑橘類を通信販売する会社の社長を務めています。
電話やオンラインショップを通じた注文の受付から、出荷までを行っています。
主力の商品は、宇和海に面する真穴(まあな)地区で育った「真穴みかん」。
海に面した水はけのよい段々畑で、太陽の光をたっぷりと浴びて育った真穴みかんは、天皇杯・農林大臣賞に選ばれた日本有数のブランドみかんです。
実は真穴地区は、我が家が兼務している神社の氏子地域でもあり、氏子さんのほぼ100%がみかん生産者なんです。
全国的に見ても特殊な地域だと思います。
私は神主としては、「氏子と神様をつなぐ仲執り持ち(なかとりもち)」であり、
社長としては、「生産者である氏子の皆さんが育てた真穴みかんと全国のお客様を繋ぐ役目」を担っています。
平成27年から社長を務めていて、今年で6年目になります。
社長になってから、真穴地区の生産者さんと話す機会がこれまで以上に増えました。
昔は氏子総代などの一部の方としか交流がなかったのですが、
今は真穴に会社の事務所があることで、より多くの氏子さんと深く関わるようになっています。
氏子さんも、私が神主でありながら、みかんを販売する会社の社長であると、もちろん分かっているので、
みかんの話をするために事務所に来た氏子さんから、地鎮祭やお祓いの相談を受けることもあります。
私のなかで、神主と社長の仕事に大きな区別はありません。
社長と神主のお仕事に差がないとは驚きです。
氏子さんのほぼ100%がみかん生産者という地域だからこそですね。
やはり農業と神社は関係が深いですね。
氏子の皆さんは、神社をとても大切にしてくれます。
農業は、どんなに手塩にかけて育てても一度の大雨で作物がすべてダメになってしまうこともある仕事。
人間にできることは限られていて最後は神様にお願いする、という価値観を当たり前のように持っている方が多いと感じます。
だからこそ、皆さん神様を大切にしてくださるんだなと思いますね。
お祭りで集まっても、みかんの話ばかりしています。
「今年の出来はどうだ」「この肥料がいいぞ」といった話で盛り上がるんです。
神主としての考え方が自然と込められた経営理念『結ぶ』
井上さんが考えられた、会社の経営理念『結ぶ』について教えてください。
『結ぶ』という経営理念には、「みかん生産者とお客様」「ご依頼主とご贈答先」など、
「何かと何か、距離のあるものを繋げる」という意味を込めました。
真穴みかんは、お歳暮などの贈り物用に注文される人が多いんです。
お歳暮は、注文されたお客様と贈り先のお客様を結ぶ役割を担うもの。
「お客様はものを贈るのではない、気持ちを贈るのだ」と意識して、みかんに託すお客様の想いを大切にしています。
例えば、「孫が真穴みかんに貼ってあるシールを集めているので、毎年みかんを送っている」というお客様には、子供が食べやすいように小さいみかんを勧めます。
事務的な注文でなく、しっかりとコミュニケーションをとっていらっしゃるのですね。
スタッフには「いくら長電話をしてもよいから、お客様と会話をしてください」と伝えています。
みかんの注文電話を通して、今年のみかんの具合や最近の愛媛について聞きたい方も多いんです。
「地元のものを贈りたい」と、県外にいる愛媛出身の方からの注文も多いです。
1万人の顧客がいたとしても、お客様からすれば1対1のお付き合いです。
丁寧な対応をすることが、氏子さんたちが一生懸命育てた真穴みかんのブランド力向上につながります。
お客様の求めるものと「真穴みかんブランド」を結ぶのも私たちの役割だと思っています。
ブランドであったり、お客様とお孫さんのつながりであったり、多くのものを結ぶ会社。
結ぶ対象が氏子の皆さんとお客様だけではないところが、すてきだと思いした。
神主をやっているからこそ、自然と『結ぶ』を経営理念にしようと思ったのかもしれないです。
神主の役割は神様と一般の方を結ぶ「仲執り持ち(なかとりもち)」ですから、真穴みかんの生産者である氏子さんと、全国の消費者を結ぶという意味では、共通するものがあると感じます。
普段は4名のスタッフが働いていますが、出荷時期の11~12月にかけては20名近くのスタッフと働きます。
『結ぶ』という経営理念については会社に入ってくる前から伝えてありますから、既に私の想いが浸透しているし、短期のバイトから社員になった子もいます。
神話のふるさと・島根で「生活に近い神社の在り方」に気付き、神主の道へ
たしかに神主さんならではの経営理念だと感じます。続いて、神主の家系にお生まれになってから、今までの経緯をおうかがいしたいです。
田舎の神主の家に生まれると、まわりから将来あとを継いで神主になるんだろうと言われて育ちます。
敷かれたレールの上を走るのは嫌でしたね。
将来は学校の先生になりたいと考えていたので、大学は島根大学教育学部に進学しました。
ところが、レールから外れる気持ちで行ったはずの島根は、神社が生活に密着している地域でした。
学校の学芸会で古事記の劇をやるなど、日常で神道に触れる機会がたくさんあります。
神主の家で育った自分よりも神道や神話に詳しい人が多かったり、小さい神社なのに夜も明かりがついてお参りする方がいたりするんです。
地元の愛媛とは違う神社の在り方を見て、神社に興味を持つようになりました。
神社に意識が向くと、いたるところに神社があると知り、神社めぐりにはまったんです。
ご祭神や歴史など神社ひとつひとつに個性があることが面白くて、島根県内のいろいろな神社にお参りしました。
こうして改めて神社は生活に根ざしたものであると気付き、自然と神主になりたいと思うようになりました。
大学在学中に、神主研修に参加します。
はじめて古事記についてきちんと教わりましたし、お祭りの作法も学べて、とても楽しい1ヶ月間でした。
出雲大社の横の建物で研修が行われていたので、当時発見されたばかりの鎌倉時代の本殿の柱の発掘調査を毎朝見られるんですよ。
加えて、講師は島根県内の神社の方々なので、自分が今までにお参りした憧れの神社の神主さんの話を直接聴ける機会も多く、嬉しかったです。
その後、より深く神道について学びたいと思い、國學院大学の神道学専攻科に進学しました。
神道学専攻科は1年間で神主になるための勉強をするところです。
専門性の高い神道の勉強をはじめ、明治神宮や伊勢神宮での実習があり、多くの経験をさせてもらいました。
できるだけ多くの市民と関わろうとした市役所時代
専門的に神道の勉強をなさったあとは、すぐに神社に奉職されたのですか?
どこかの神社に奉職することも考えたのですが、最終的には地元の八幡浜市役所に就職しました。
いつかは地元に戻って実家の神社を継ぎたいと考えたときに、県外の神社に奉職して40歳くらいで地元に戻っても、仕事がないことに気付いたんです。
実家の神社だけでは、なかなか食べていけません。
若いうちに地元に帰って職を得て、空いた時間に実家の神社を手伝おうと考えました。
当時付き合っていた彼女、現在の妻に公務員をすすめられ、市役所職員になりました。
また当時は平成の大合併の時期で 「合併後の新しい市名は何がいいか」と話題になっていました。
市役所の面接試験でも新しい市名について聞かれ、
「八幡浜は九州の八幡大神様とのご縁がある土地。もちろん『八幡浜』のままがいいです」と答えました。
神話が生きる島根で過ごし、國學院大学で本格的に神道を学んだことで、
言葉の起源や地名の由来は大切だと身にしみていたので、迷いはなかったですね。
市役所ではどういったお仕事をされたのですか?
市役所時代は、生活環境課と農林課で働きました。
農林課はみかんをはじめとした農産業に関わる仕事です。
農林課時代は、「八幡浜市みかん課」というFacebookページを開設し、みかんや生産者のことを全国に発信していました。
「八幡浜市農林課」でもよかったのですが、みかん生産者を大切にしていると伝えたかったのであえて「みかん課」と名づけました。
市役所時代に意識されていたことはありますか?
できるだけ多くの市民の方と関りを持とうと思っていました。
市役所も、市民の方が行政に関心を持たなくなったら立ち行かないです。
意見をくださることはありがたいことですから、
みかん生産者の皆さんの声をよく聞くようにしていましたし、
用がなくても、市役所に訪れる人を増やしたいと思っていました。
実際に、お茶やタバコを一服だけして帰る方もいらっしゃいましたね。
何気ない会話のなかから「みかんの売り方を変えたいんだよね」といった生産者の方の本音が聞けるので、コミュニケーションは大切です。
おそらく人と人との間に入るのが好きなのだと思います。
もともと私の根底には「結ぶ」という考え方があったのでしょうが、市役所時代を通してより「結ぶ」への想いや考え方が明確になっていきました。
「旬香物産の社長をやってみないか」と声をかけてもらったのも、みかん生産者の皆さんと良い関係性を築けていたからこそだと思います。
前の社長から「地元に帰ることになったから社長をやってほしい」と頼まれ、引き受けたんです。
市役所を辞めて社長になるなんて、人生を左右するくらいのお声がけをいただくこと、普通はあり得ませんよね。
それだけ市民の皆さんと深い付き合いができていたのだと知り、公務員冥利につきましたし、市役所の職員をやり遂げたと感じました。
みかん産業が残るから、100年後にも神社が残る
井上さんにとっての神道の魅力はなんですか?
決して特別なものではなく、日常のなかに溶け込んでいるところが魅力だと思います。
日本に住んでいれば、どこにでも神社はあって、どこかで必ず神社と関わっています。
特にうちの地域では、みかん産業と神道が生活に根付いています。
「結ぶ」という経営理念も、私のなかに神道の考え方が当たり前にしみついていたから、出てきたのだと思います。
最後に、神主と社長を両立されている井上さんの、今後の展望を教えていただけますか?
自分の神主としての役割は、時代が変わろうが政権が変わろうが揺るがずに存在してきた神社を、100年先1000年先にも残すことだと思います。
しかし地域の産業がなくなって人がいなくなってしまったら、神社は残していけません。
神社を残すためにみかんを育てるという考え方では、生活が成り立ちません。
あくまでも自らの生活や地域の産業を守るという考えが基本にあって、その結果として神社が残るのだと思います。
真穴というほぼ100%の人がみかんに関わる地域で産業があり続ける限り、人は生活し続けます。人がいる限り、神社を無くそうとはなりません。
ですから、社長として地域の産業を守り、
神主として地域の神社を守っていかなければならないと考えています。
【大元神社の情報】
所在地:八幡浜市若山6番耕地186番地
アクセス:JR予讃線 双岩駅から徒歩15分
電話番号:0894-24-4523
愛媛県神社庁サイト:大元神社
ホトカミ:大元神社
協力:神道青年全国協議会
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