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1000年続く神社がお祭りを復興!四季とともに生きる日本のこころ【石清水八幡宮(京都府)の田中権禰宜インタビュー】

最終更新:2020年12月30日公開:2020年12月29日

「境内の自然を楽しみながら、神社のお祭りも知っていただきたい」

そう語ってくださったのは、京都府八幡市(やわた)にある石清水八幡宮の田中博志権禰宜(ごんねぎ)です。

月間120万ユーザーが集まる神社お寺・御朱印の検索サイト「ホトカミ」では、
「神主さんの言葉を通じて、神主さんや神道の魅力を伝えたい」という想いから日本全国10名の神主さんのインタビュー記事を公開します。

御朱印集めがきっかけで最近神社に興味を持った方から、
神社が大好きで週末はホトカミで神社を探してお参りしている方まで、
気軽に読んでみてください。

第一弾となる石清水八幡宮は、京の都の裏鬼門(南西)に位置し、国家鎮護の神社として1000年以上もの歴史があります。
毎年9月15日に行われる石清水祭は、世界遺産である春日大社の春日祭、上賀茂神社・下鴨神社の葵祭とともに三大勅祭のひとつに数えられる、伝統と格式のあるお祭りです。

今回は、この石清水八幡宮で奉仕して15年になる田中博志権禰宜さんに、
「古文書担当として1000年の歴史から復興したお祭り」「一般家庭で生まれ神主になったきっかけ」そして「田中さんの石清水八幡宮オススメスポット」などをうかがいました。

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境内の自然を楽しみながら、神社のお祭りも知っていただきたい

田中さんは石清水八幡宮の神主として、ご祈祷やお掃除などの日々のご奉仕はもちろん、 広報や文化財保護など多くのお仕事をされているそうですね。
広報としては、どのようなお仕事をされているのですか?

テレビや新聞の取材を受けたり、Instagramを運用したり、多くの方にお参りしていただけるよう石清水八幡宮の魅力を発信しています。

社報やカレンダーのコンセプトを決め、制作するのも広報の仕事です。

カレンダーにコンセプトがあるのですか?

毎年異なるコンセプトに沿って一年がかりで撮影し、翌年のカレンダーをつくっています。

令和3年は「石清水八幡宮の四季」。
石清水八幡宮のお祭りと境内の四季を写真に納めました。
自然の様子だけでなく、お祭りも一緒に楽しめるのがポイントです。

ただ花や鳥を載せるだけでは、風景カレンダーになってしまう。
神社の授与所で頒布するカレンダーなので、境内の自然を楽しみながら、神社のお祭りも知っていただきたいと思っています。

例えば6月は「大祓の茅の輪(おおはらえのちのわ)」や「鎮護八幡神火祭」と、アオバズクやアジサイなど季節の鳥や花を選びました。

中央の「放生池(ほうじょういけ)とスイレン」の写真はInstagramでも反応がよかったんですよ。

Instagramも田中さんが運用なさっているのですか?

巫女さんと協力してやっています。 カメラの上手い巫女さんが写真を撮って、私は文章や構図などの監修をしています。 文章が難しくならないよう工夫したり、皆さんの反応を参考に更新するようにしたところ、フォロワーが2500人から8000人まで増えました。

Instagramで評判の良い写真を何枚も組み合わせることで、石清水八幡宮の四季とお祭りの魅力が詰まったカレンダーになっているのですね。
ちなみに去年のコンセプトも教えていただけますか?

令和2年のコンセプトは「皇室ゆかりの神事と名宝」でした。
天皇陛下がご即位なされたので、歴代天皇ご愛用の品など、皇室ゆかりの文化財と祭典行事を紹介するカレンダーにしました。

しかし、ただ文化財を撮っただけでは図鑑のようになってしまいます。
「かっこいい」と思ってもらえるよう、巫女さんと撮影場所やアングルを研究した結果、カレンダーの評判も良かったです。

古文書担当として1000年の歴史をさかのぼり、かつての石清水祭を復興

皇室ゆかりの神事といえば、石清水八幡宮は全国に16社しかない勅祭社(ちょくさいしゃ)のひとつですよね。

勅祭(ちょくさい)
天皇陛下のお使いである勅使(ちょくし)が差遣され、天皇陛下からのお供え物(幣帛)が供えられるお祭りのこと。このお祭りが行われる神社を勅祭社という。
毎年9月15日に行われる石清水祭は1000年以上の歴史があり、宮内庁から勅使が差遣され厳粛に執り行われる。
3柱の神さまを御鳳輦(ごほうれん、お神輿のこと)にお乗せして、500人ものお供の人を連れて山の下の頓宮へ向かい、儀式が執り行われる。

毎年9月15日には勅祭 石清水祭が行われますが、新型コロナウイルスの感染拡大は、令和2年の石清水祭にも影響があったのでしょうか?

今年の石清水祭は、昭和20年以来75年ぶりに山の上のご本宮で行いました。

私は広報だけでなく、石清水八幡宮所蔵の古文書の管理も担当してまして、
コロナ禍における今年の石清水祭をどのように行えばよいのか、過去に疫病が流行ったときの事例を調査しました。

どのくらいの期間の事例を調べられたのでしょう?

平安時代からすべて調べました。

すると、基本的な考え方は「石清水祭の斎行が難しい場合は延期する」のだと分かりました。
平安鎌倉期は頻繁に石清水祭を延期していて、最長で4ヶ月くらい延期したようですね。
明治時代にコレラが流行ったときも、石清水祭は延期されていました。

こうして過去の記録を調べていくうちに、歴史上唯一、延期をせず山の下にも降りずに石清水祭を行った記録が見つかりました。

それが昭和20年の社務日誌に書かれた記録です。

昭和20年は1945年、終戦の年ですね。

終戦の日の10日後の8月25日、当時の宮内省から、
「今年の石清水祭は山の下に降りずに行います」と電話があったようです。
当時の石清水祭は国のお祭りであり、国家が管理していたため、宮内省がお祭りの次第などを決めていました。

宮司に「基本的な考え方は延期ですが、昭和20年に山の上で行った記録があります」と調査結果を報告したところ、神社の方向性も決まり、宮内庁に式次第の確認をしていただき、
今年は昭和20年の事例に沿って山の上で石清水祭を行うことになりました。

当時の資料にも特例とは書いてありますが、国難にあたって山の上のみで石清水祭を行った記録があるのなら、山の上での斎行は旧儀復興(きゅうぎふっこう)になるんです。

社会が大きく変化するときだからこそ、私は「旧儀復興」「新儀不吉」の考え方を大切にしています。

旧儀復興(きゅうぎふっこう)、新儀不吉(しんぎふきつ)とはなんですか?

旧儀復興は、神社に伝わる社務日誌や古文書などの文献を紐解いて、神事の正しい形を後世に伝えていく考え方です。
新儀不吉は、不測の事態が起きた場合でもみだりに前例の無いやり方を行わない考え方をいいます。


なぜ過去に前例の無いやり方が不吉かというと、そのやり方が神さまにとっていいのかどうか分からないからです。

石清水八幡宮には1000年を超える歴史がありますから、どのような事態にも対処できるだけの膨大な記録が残っています。
私は、石清水八幡宮研究所の文化財担当として、そうした記録を古文書や社務日誌からすくいあげて、伝統を守っていけるようにしています。

我々がまったく新しいやり方を考えてお祭りを行っても、ありがたみはないですからね。

旧儀にならうことによって、参拝者の皆さんに安心していただけます。
それが伝統を守ることの安心感じゃないかなと思うんです。


神社はどんな時代でもどっしりとここに変わらずある。
神さまはちゃんとここにいて、お祭りもやっている。
ですから、安心して参拝してください。

四季と生きる、五節供の復興

新型コロナウイルスの感染拡大によって社会が大きく変化するなかでも、「石清水祭は伝統を守って行われている」「過去にも同じように対処してきた」と思うと安心できますね。

ほかに、田中さんの旧儀復興の考え方が活かされた行事はありますか?

平成24年から3年がかりで五節供のお祭りを復興しました。

五節供・五節句(ごせっく)
【1月7日】人日(じんじつ)の節句、七草の節句
【3月3日】上巳(じょうし)の節句、桃の節句
【5月5日】端午の節句、菖蒲の節句
【7月7日】七夕の節句、笹の節句
【9月9日】重陽の節句、菊の節句
の5つをあわせて五節供という。
江戸時代までは幕府の公式行事に制定されていたが、明治政府によって廃止された。
ひな祭りやこどもの日など、民間の風習として定着し現在に至る。

昔の石清水八幡宮では五節供のお祭りが行われていたのですが、明治の神仏分離令によって途絶えてしまいました。

そこで明治時代までの過去の古文書をすべて調べ、平安鎌倉期の資料を中心に、かつてのお供え物やお祭りのやり方を再現しました。

例えば上巳の節句だと草餅、
端午の節句だと菖蒲とちまき、
七夕の節句だと甘酒と索餅(さくべい)
重陽の節句は菊酒と菊の着せ綿、といったお供え物をします。

神道のお祭りは、旬の一番美味しいものを神様にお供えします。
お祭りの後は、お供え物のお下がりを皆でいただきます。
旬のものをいただくことが厄除けになりますし、元気を取り戻す一つの方法なんだなと分かりました。

五節供のお祭りを調査して復興させたことで、
「旬のものをお供えし、いただく、神さまと自然と調和して生きていく」という神道のひとつの原則が見えたような気がします。

こういった経験は学生や研究者ではできません。神主だからこそできることです。
研究と神主としての実務が合わさって、伝統的な旧儀を復興させていく。
神主の仕事はやっていて非常に面白いですし、楽しいです。

エジソン碑が示す、前例のない取り組みへの向き合い方

「旧儀復興」「新儀不吉」を軸に伝統を守っていらっしゃる田中さんですが、
さきほどのカレンダーやInstagramのお話など、前例のないことにも取り組まれている印象を受けます。

石清水八幡宮は伝統を守ると言いましたが、新しいことにも積極的です。

たとえば境内のエジソン碑。

毎年エジソンの誕生日と命日の前後にエジソン碑前祭を行い、記念碑前で日米両国の国歌を流し、国旗を掲揚しています。

神社の境内でアメリカ国歌が流れるなんて、石清水八幡宮だけなのではないでしょうか。

エジソン碑
エジソン(1847-1931)は白熱電球や蓄音機の発明で知られるアメリカの発明王。
エジソンは白熱電球の点灯時間を長くする研究に力を入れ、6000種類以上の素材をフィラメントにして実験を行ったという。
実験の結果、最も長く電球が点灯し続けた素材が、石清水八幡宮の鎮座する男山の真竹だった。
男山の真竹を使った白熱電球は、新しい素材が登場するまでの約10年間、世界中を明るく照らしていた。
これを記念して、昭和9年に石清水八幡宮の境内にエジソン碑が建立された。

エジソン碑に前例や旧儀はないですよね。 かなり新しいことをやってらっしゃるんですね。

石清水八幡宮は確かに伝統と格式がありますが、決して保守的に凝り固まっているわけではありません。
もちろん神社の方向性や歴史とずれないように気をつけながらも、
積極的に新しいことにも取り組もうという考え方をもっています。

Instagramやホームページも京都でいち早く始めました。
神社の職員が自身の発想や考えを提案しやすい雰囲気があります。

1000年以上続く石清水八幡宮ですが、平安時代は一番新しい神社で最先端の神さまでした。
新しいことも長年続くと伝統になっていきます。
ですから伝統を守りつつ、新しいこともやっていこうと考えています。

オーストラリアでの経験がきっかけで、日本の文化や歴史に関心を持つ

 田中さんは一般家庭で生まれ、神主になられたそうですが、
 幼い頃から神主を目指してらっしゃったんですか?

神主を志したのは、大学4年生のときです。

少年時代は海外への憧れが強く、将来は外国で働きたいと考えていました。
日本を意識したきっかけは中学3年生のときのオーストラリアでの1ヶ月間のホームステイ。

英語もあまり話せず、知識も経験も乏しい中学生だったので当然かもしれませんが、
オーストラリア人からの日本の文化や歴史に対する質問にほとんど答えられなかったのです。

それ以来、まずは自分自身が日本のことをもっと知りたいと思うようになりました。

神社での質問で生まれたご縁から神主の道へ

 日本文化と関わりの深い職業は多くあるなかで、なぜ神主になられたのですか?

石清水八幡宮の神主さんとの出会いがきっかけでした。

大学で民俗学を専攻したんです。
そのなかで、500年前の文献に載っていたお社を調査するために石清水八幡宮にやってきました。

しかし、そのお社は見つかりませんでした。
そこで、授与所の方に「文献にあったお社はどうなってるんですか?」と聞いてみたところ、授与所の方も分からないと。

すると「石清水八幡宮の古文書を担当している神主なら分かるかもしれない」ということで、石清水八幡宮の禰宜(ねぎ)で、石清水八幡宮研究所 研究室長の西さんを紹介していただきました。

西さんに質問したところ、話が盛り上がり、3時間近くも丁寧に教えていただきました。

以降、西さんに神社のことも教えていただくようになったのです。
西さんは一般の家庭出身の神主です。

それまでは、自分が神主になるなんて想像もしていなかったのですが、
まさに西さんのように、文化財や古文書の調査を担当しながらも神主として奉仕する道を知り、大学を卒業してから神主の資格を取り、そのまま石清水八幡宮に奉職しました。

調査で訪れたあの日、私の質問に対して石清水八幡宮が丁寧に対応してくれた、
そして西さんとのご縁が生まれたことが神主への道の始まりでした。

私は今でも3名ほど大学生の卒業論文を担当しています。
学生から「なんでこんなに丁寧に対応してくれるんですか?」と聞かれることもありますが、
当時の西さんが私にして下さったように、石清水八幡宮にご縁のある大学生と向き合っています。

 神社での神主さんへの質問がきっかけで、神主さんになられたんですね。
 しかし、なかなか神主さんと話すきっかけが無い方も多いようです。

ぜひ神主に気になったことなど、質問してみてください。
実際に神社にお参りして、神主と話すことでさらに勉強にもなるかもしれませんし、
それがきっかけで私のような何か新しいご縁が生まれることもあるかもしれません。

おすすめスポット、石清水社

 石清水八幡宮のなかで、田中さんが好きな場所はどこですか?

石清水八幡宮の鎮座する男山の中腹にある、石清水社(いわしみずしゃ)が好きです。
空気感がまったく違うので、霊的で神々しいなと感じます。

石清水社は摂社(せっしゃ)ですが、石清水八幡宮の境内のなかで最も歴史ある場所なんですね。
もともと平安時代以前から男山には、石清水の神様がいました。
そこに、宇佐八幡宮(大分県)から八幡様を勧請(かんじょう)し、石清水の八幡宮ということで、石清水八幡宮となりました。

今も水が湧いていて、お祭りのときには石清水社の井戸の水を汲んでお供えします。

石清水社は神道の原点であり、歴史や神様の難しい話を抜きにして、
神社の神秘性を感じられる場所です。

神道とは生き方、経験が育む日本の精神性

 神道の原点というお話がありましたが、
 田中さんにとって、神道とはなんでしょうか?

神道には「道」の字がつくので、神道とは生き方だと思っています。

私自身、海外に出て日本人とはなんだろうと疑問に思ったことがきっかけで、日本の精神性を学び、実践したいという想いから神主になりました。

今でも試行錯誤の毎日ですが、五節供の復興やコロナ禍における勅祭などの経験を通じても、日々新しい発見があります。
こうした神社の現場での経験を通じて、段々と自分の考えもかたまっていくような気がしています。
まだ自信を持って、神道とはこういうものですと言い切ることは難しいですが、
自分が感じたことや経験は、皆さんや後世の人々に伝えていきたいです。

 最後に、全国の神社にお参りされる皆さんへメッセージをお願いします。

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、令和2年は新しい生活様式や新しい価値観が広まり、日本人の考え方や生活も大きく変化しました。

しかし、神社という場所は世の中がどんなに変化しても、変わらない場所であり続けたい。
少しも変わることはない絶対的な安心感を、参拝者や崇敬者の方に感じていただきたいと思っています。

石清水八幡宮にお参りされる際は、神様の鎮座する御本殿と、鎮守の杜の神々しさや自然を肌で感じて清々しい気持ちになってお帰りいただき、日々の生活を健やかに過ごしていただきたいです。



ホトカミ編集部より
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【石清水八幡宮の情報】
所在地:京都府八幡市八幡高坊30
アクセス:京阪電車「石清水八幡宮駅」下車、参道ケーブル「八幡宮口駅」~「八幡宮山上駅」下車徒歩5分
電話番号: 075-981-3001
公式ホームページ:石清水八幡宮
ホトカミ:石清水八幡宮

協力:神道青年全国協議会

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