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千葉県最年少の女性宮司に聞く!36社の神社を守るための原動力【家之子八幡神社(千葉県)中嶋祐子宮司インタビュー】

最終更新:2021年05月07日公開:2021年03月13日

「自分だけのためなら、頑張れなかったと思います。
ずっと地域を見守ってくださっている神様のため、地域の皆さんのためだから、最後まで取り組むことができました。」

そう語ってくださったのは、千葉県東金市(とうがね)にある家之子八幡神社(いえのこはちまんじんじゃ)の中嶋祐子宮司です。

月間120万ユーザーが集まる神社お寺・御朱印の検索サイト「ホトカミ」では、
「神主さんの言葉を通じて、神主さんや神道の魅力を伝えたい」という想いから日本全国10名の神主さんのインタビュー記事を公開します。

家之子八幡神社の36代目の宮司であり、千葉県で最年少の女性宮司でもある中嶋祐子さん。

36社の神社を守るために、氏子さんや地域の方々と協力して、竹灯籠まつり、民泊など、さまざまな新しい活動に取り組まれています。

中嶋宮司の原動力になっているのは「このままでは神社が無くなってしまう・・・」という強い危機感。
第4弾となる今回は、そんな中嶋宮司の神社や地域に対する熱い想いをお伝えします。

    目次
  1. 千葉県最年少の女性宮司亡き叔父に代わって私が神社を守る
  2. 竹のあかりで地域と人々の心を照らしたい、竹灯籠にこめられた宮司の願い
  3. 「おばあちゃん家のいいとこ取り」ができる民泊で、地域の魅力を発信したい
  4. 36社すべての神社に良さがある!地域の人にこそ気づいて欲しい魅力
  5. 家之子八幡神社の情報

千葉県最年少の女性宮司亡き叔父に代わって私が神社を守る

中嶋さんは千葉県最年少の女性宮司とお聞きしました。 どういった経緯で、若くして宮司さんになられたのですか?

私の母方の実家は、代々神主の家系でした。
小学6年生の頃、神社を継いでいた叔父が30代という若さで急死してしまったんです。

しかし当時、叔父の跡を継いで神社を守っていく人が他にいませんでした。

叔父の葬儀が終わったあと、母から「長女である私を神社の跡継ぎにする」という話を聞きます。
私は、目の前で申し訳なさそうに泣いている母を安心させたい一心で「神社を継ぐ」と言いました。

突然の叔父さんの死により、中嶋さんが後継ぎになられたんですね。
その後も、神社を継ぐことに迷わなかったのですか?

動物が好きなので、動物関係の仕事をしたいなとは思っていましたが、
不思議と迷いや葛藤はなかったです。

神社を継ぐことが決まった頃、当時通っていた塾の先生が納得した様子で、
「だから祐子という名前なんだね」と言葉をかけてくれました。

よく聞くと「祐子の祐の字は’神様が助けてくれる’という意味だから、もしかしたら道が決まっていたのかもしれないね」とのことでした。

自分の名前に、こんなに素敵な意味があったとは知りませんでした。
先生の言葉のおかげで、自分の境遇を自然と受け入れることができたのかもしれません。

國學院大学で神主の資格を取ったあと、埼玉県の神社で3年間、神主としての経験を積み、平成26年(2014)に地元である千葉県東金市に帰ってきました。

私が東金市に戻るまでの間、亡くなった叔父に代わって、祖父が神社を守っていました。
しかし、その祖父も私が戻った1年後に亡くなってしまいました。

まだまだ教えてもらいたいことはたくさんありましたが、その願いも叶わず、
私は27歳で家之子八幡神社の36代目の宮司になりました。

また、過疎化により管理する人がいなくなってしまった周辺地域の神社も、私が管理することになりました。
現在、千葉県東金市、成東町(なるとう)、九十九里町(くじゅうくり)、大網白里市(おおあみしらさと)の36の神社の宮司を務めています。

叔父が30代で亡くなったこともあり、私はやりたいことは早くやった方がいいと思っています。
新しい取り組みなどは、大変なこともたくさんあるのですが、
それが本当に世のため、人のため、神様のためになっていれば、自然と道が拓けます。

神主という仕事は、神様と皆さんとの間で人々の幸せを祈り、地域の活性化や、様々なご縁を結んだりと、
とてもやりがいのある仕事だと実感しています。

竹のあかりで地域と人々の心を照らしたい、竹灯籠にこめられた宮司の願い

「神主として神社に奉仕することに限らず、地域の活性化にもやりがいを感じる」というお話がありました。
地域のためには、どんなことに取り組まれたんですか?

まずは、宮司を務めている東金市松之郷(まつのごう)の八坂神社で、竹灯籠まつりを2年がかりの準備を経て開催しました。

昔、八坂神社は何万人もの参拝者が県の内外から訪れる、活気のある神社でした。
7月7日のお祭りでは、100軒以上もの屋台が並んでいたほどです。

しかし、私が宮司になることが決まって地元に戻ったとき、八坂神社のあまりの活気の無さに驚きました。
このままでは神社が無くなってしまうと強い危機感を覚えたんです。

八坂神社に昔のような活気を取り戻したいと思い、神社の周囲をよく観察するようになりました。

すると、近くの竹林が荒れ放題になっていることに気づいたのです。この竹を使って何かできないかと考えるようになりました。

考えを巡らせたところ、7月7日に行われる八坂神社の例祭で、竹灯籠で模した天の川を作る企画を思い立ちました。

思い立ったが吉日。
早速準備を進めました。

たくさんの人の協力が必要なため準備は大変だったのですが、最初のアイデアを思いついてから2年ほどたった平成29年にやっと形にすることができました。

地域の方々から「こんなに神社に人が集まるのは何十年ぶりか」と喜びの声を聞くことができました。
皆さんがお祭りを楽しんでいる様子を見て、実現できて素直に嬉しかったです。

地域の方にも喜んでいただけて本当に良かったですね。
しかし、苦労もたくさんあったことを聞きました。
なぜ、そこまで頑張れたのですか?

大変だからという理由で投げ出すことは簡単かもしれません。
ですが、「このままでは100年後にこの地域の神社は無くなってしまう」という強い危機感がありました。

自分だけのためなら、頑張れなかったと思います。
ずっと地域を見守ってくださっている神様のため、地域の皆さんのためだから、最後まで取り組むことができました。

「おばあちゃん家のいいとこ取り」ができる民泊で地域の魅力を発信したい

100年後に神社を残していくために、どのようなことを大切にされているんですか?

現状維持では、伝統を守ることができません。
神社を残していくためにも、常に新しい考えを持ち、行動することが大切だと思います。

しかし、なんでも新しいことをやればいいというわけではありません。
神社の歴史を大切にし、地域の皆さんと対話を深めるうちに新しいことが生まれます。

古きを大切にしながらも、新しいのが神社なんです。

歴史を大切にしながらも、地域の皆さんと新しい企画に取り組まれているんですね。
古民家を利用した民泊も始められたとのことですが、どんな歴史との繋がりがあるんですか?

中嶋家が代々宮司をつとめる家之子八幡神社がある「家之子(いえのこ)」は、
華蔵姫(けぞうひめ・鎌倉幕府倒幕の功労者である後醍醐天皇の孫)が、この土地を気に入って屋敷を建てたことから名付けられた土地です。
つまり「宮’家の子’が屋敷を建てた」ため、「家之子」という地名になりました。

地域の空き家が目立つようになったあるとき、放火事件が起こりました。
そこで、空き家問題の解決策にならないかと始めたのが、華蔵(かぐら)という民泊です。

せっかく神主である私が民泊を始めるのであれば、ただ宿泊場所として提供するだけではなく、
境内のご神木の下でヨガ体験、地域の神社をめぐるツアーなども提供したいと思いました。

コロナの影響が出るまでは、地域のおばあちゃんたちからも、着物の着付け体験、茶道の体験、
千葉の郷土料理である太巻き寿司の調理など、さまざまな協力を得ることができました。

歴史を大切にしながら地域の方々と協力して、新しい取り組みをされているんですね。

36社すべての神社に良さがある!地域の人にこそ気づいて欲しい魅力

記事の冒頭でも紹介しましたが、家之子八幡神社や松之郷の八坂神社だけでなく、なんと1人で36社もの神社の宮司をつとめているそうですね。
具体的に、それぞれの神社とはどのように関わっているのですか?

36社すべての神社で、最高責任者である宮司を務めています。
お正月の忙しい時期などは、父にも手伝ってもらいます。

1人で多くの神社に奉仕する場合、複数の神社の神様をひとつの神社にまとめておまつりする「合祀(ごうし)」という方法をとるのが一般的です。

しかし、一つ一つの神社の歴史や先人たちの想いをそのままの形で残したいという思いが強くあります。
だから、できるだけ合祀はせずにご奉仕を続けたいです。

とはいっても、1人で36社もの兼務は大変ではありませんか?

お正月や七五三の時期など、多くの神社を1日で行き来しなければいけない日は、ご祈祷の日程調整だけでも大変です。

ですが、神社のために何ができるかを氏子さんたちと考え、実現できたときは、大きなやりがいを感じます。

また、氏子さんの意識が変わると、参拝者も増えていきます。
すると、また氏子さんたちは知恵を持ち寄って、神社のために奉仕してくださります。

「うちの神社には何もないよ」と言っていた氏子さんが、神社と関わるなかで地域の魅力に気づき、地域を誇りに思ってくれることがとても嬉しいです。

神社に人が来てくれることを嬉しいと感じるのは、神様も氏子さんも同じなのではないかと思います。

地域の氏子さんと密に関わるなかで、どんなことを心がけてらっしゃいますか?

「我」を出さないことを心がけています。
(かがみ)という言葉、つまり、鏡に映った自分から我(が)を抜くと神(かみ)になります。

だから、「辛い」「大変だ」という我を出すのですのではなく、神様や地域の人のことを考えて奉仕する心を持つことが大切なんです。
そしてその心は、自ずと神様に通じると思うのです。

また、「物にも自然にも神様が宿る」という神道の心はとても大切にしています。
これからも、浄く明く正く直く(きよくあかるくただしくなおく)自分自身を磨いていく人生を歩みたいです。

最後に、中嶋宮司の今後の意気込みを教えてください。

神主の一番の仕事はもちろん神様に奉仕することです。

しかし「地域の課題を神社の立場からどう解決できるか」という視点も常に持つようにしています。

「今これをやらなかったら、100年後は神社が無くなってしまう」という強い危機感が私の原動力です。

地域の人々と神社を繋げることで、昔から大切にされてきた文化を守りたい。

また、私が今取り組んでいることは、私が死んでしまったら終わってしまうことばかりです。
だから、私が死んで終わりではなくて、同じような思いを持った人に引き継げる仕組みを作りたいと思っています。
家や血の繋がりだけではなく、地域を盛り上げたいという気概ある人を育てていくことも、ひとつの目標です。


家之子八幡神社の情報

住所:千葉県東金市家之子1651
アクセス:『バス』家之子下車 徒歩15分
『電車』成東駅、求名駅下車 徒歩30~40分
電話番号:0475-52-3797
FAX:0475-52-3797
公式HP:https://sanmu-jinja.jimdo.com/
ホトカミ:家之子八幡神社
創建: 1337年(延元2年)
御朱印:有り
拝観料:無料
拝観時間:9:00~16:00(外祭でご不在のことも多いのでご注意下さい。)

協力:神道青年全国協議会

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