ひえじんじゃ
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「ご遙拝を」させて頂いた、と言うところですが・・・。
こやつら、ぞろぞろ、あれこれ出て来るなー!
「断捨離」の知り合いの話です。先日の、沖縄の「波上宮さま」や、京都の「華嚴寺(鈴虫寺)」の。
いつも、どこかへ「旅行に行って来た」と、「みやげ話(だけ)」はしていましたが。
でも、今年(令和4年)の半ば過ぎあたりから、いきなり「断捨離する」だと?
一体何を考えてる? どんな心境の変化があった?
こやつら、いつも好きなときに「休み」を取って、「旅行」に行ってるのにねー。
最近の「働き方改革」が、うらやましい。
今度(の投稿)は、「日枝神社さま」の「御朱印帳」まるごと、「ゴミ袋」行きにしようと企んでいます。
あぁー。何を考えているやら。
中の「御朱印」を見ますと、「皇城之鎮」って、書いてあるよ!
先の大戦の時の、海軍「戦艦・比叡」の「守護神」は、今年3月お詣りした、滋賀県の「日吉大社さま」。
現在の、海上自衛隊「護衛艦・ひえい」の「守護神」は、この「日枝神社さま」だった気がします。
こやつら、「バチ当たり」な事ばかりしているから、ワタシが受け継いだ、「昭和仕込み」の「帝国海軍・鉄拳」を喰らわせないと。
でもねぇ。ワタシが謹んで「お引き取り」させて頂くにしても、「お詣りした人」以外にとって、「御印の魂が抜けている状態」と言うし。
「御朱印拝受」は「スタンプラリー」でもないとも言うしねぇ。
「神社さま」は、「仏閣さま」のように、「納経」と「冥加料」がありません。その点は気が楽です。
どちらにせよ、ワタシ、東京近辺の「仏閣」の「集印帳」(たぶん、一冊じゃ足りないな)は、正式に拝受しているのです。
しかし、「神社」の「御朱印帳」は、全く「拝受」していないのです。
だってー、東京でまともにお詣り(何十回も)したのは、「靖國神社さま」くらいですもの。
この際、「東京十社詣り」をさせて頂く事にしましょうか。
あぁ、正月三が日に「日枝神社さま」へ直接、改めてお詣りするとともに、「末社」三社の「御朱印」を「拝受」させて頂く事にしますか。







千代田区永田町にある神社。旧社格は准勅祭社(東京十社)、官幣大社、現在は神社本庁の別表神社。
江戸三大祭の一つ、「山王祭」が行われることで知られている。(あと二つは、神田神社の「神田祭」と富岡八幡宮の「深川祭」)
創建は不詳。1478年、太田道灌が江戸城築城に当たり、川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのが始まりとされる。徳川家康の江戸入城時に、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした。その後、徳川秀忠が江戸城改築に際し、社地を江戸城外に遷座したが、1657年明暦の大火で社殿を焼失、徳川家綱が江戸城の裏鬼門である現在地に遷座した。
日本の政治の中心・永田町にあって、ハイソシティ・赤坂もほど近い抜群の立地にある。氏子地域は大手町・丸の内・麹町・八重洲・日本橋・銀座と、経済の中心地&高級住宅街となっている。
参拝時はまだコロナが蔓延する前の週末の午後で、まだ正月なので参拝客はそこそこいた。自分は当時、寺社仏閣初心者だったので、裏口から入って表門から出るわ、摂社末社も良く分からず、日枝神社名物の「サル」を見て終わらせてしまった感じ。要再参拝。

大通りに面したメインの白い<山王鳥居>(でも社殿正面に出る鳥居ではない)。変わった形をしているのは御祭神に<大山咋神(おおやまくいのかみ)>を祀っているため、横幅の広いなだらかな階段は、王宮に続く階段のようにダイナミック。脇にエスカレーターがあるのも驚き。後ろで目立っているのは、ザ・キャピトルホテル東急。

もう一つの大通りに面した黒い<山王鳥居>。自分は(こちらをメインと勘違いし)ここから境内へ向かう。

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