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こうふくじ|曹洞宗祥林山

高福寺
栃木県 足利駅

高福寺について

相田みつをも参禅したお寺

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2026年05月27日(水)730投稿

栃木県 足利市 家富町 に境内を構える、祥林山 高福寺、相田みつをさん縁の寺として有名寺院、書家・詩人の 相田みつをが青年期に坐禅会へ参禅し、生涯の師となる禅僧・武井哲應(てつおう)老師と出会ったゆかりの深いお寺で 相田みつをは若い頃に高福寺に通い、禅の教えと修行を通じて自身の書と詩の世界を深めました。現在もご子息が住職を務めており、深い繋がりが続いています。当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、足利三十三観音霊場にて参拝致しました、2024 に足利三十三観音霊場 巡礼にて参拝致しました、足利地方は歴史在る建物が多く所在しており 寺院も見所在ります、寺院対応も良い寺院でした、高福寺様では、歌人の松葉直助、書家・詩人の 相田みつを、画家の 石井壬子夫 などが参禅した寺院で、書家・詩人の相田みつをさんの 肉声のCDを頂き、様々なお話も伺い至福の時を感じさせて頂きました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 祥林山、寺号は 高福寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 阿弥陀三尊仏、足利三十三観音霊場 第三十二番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩、高福寺について中世より古庵として在った。万治2年(1659年)に牛堂和尚が玄修和尚を勧請し、曹洞宗として開創。本尊は阿弥陀如来。現在の本堂と庫裡は天明2年(1782年)当寺第10世道富和尚の代に、山門は第11世鉄巌和尚の代に、書院は昭和49年(1974年)第17世哲應和尚の代に建立。 本堂の右手に六地蔵、思惟菩薩、蓮華手菩薩などの石仏と地蔵堂(閻魔堂)在り。 故武井哲應和尚の元で大勢が坐禅し、師の遷化後も坐禅会は継承され現在に至る。地蔵堂(閻魔堂)
地蔵菩薩、閻魔大王及び十王、計12体を安置。地蔵は延命地蔵で、当寺第4世の門宅和尚が天和2年(1682年)に修復されたが、どういう訳か、頭が傾いてしまった。当時はよく飢饉があったので、飢えた衆生を悲しみ、いつでも救済に出かけられる用意をしていたのでしょう。
平成10年(1998年)に再び修復を施す。頭の傾きが往時のままでいるのは、やはり、昨今の信念信仰の頽廃を憂え、ストレスが多く、地獄、餓鬼、修羅に苦しむ衆生を救うのだと憶念しているようである

高福寺の御朱印

足利三十三観音霊場 第三十二番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩

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高福寺の基本情報

名称高福寺
読み方こうふくじ
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0284-21-6206

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.page.sannet.ne.jp/zentake/photo_album.htm

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご本尊《本尊》阿弥陀如来
《堂宇》地蔵菩薩・閻魔大王・十王
山号祥林山
宗旨・宗派曹洞宗
創建時代万治2年(1659年)
開山・開基牛堂和尚、玄修和尚
ご由緒

中世より古庵として在った。万治2年(1659年)に牛堂和尚が玄修和尚を勧請し、曹洞宗として開創。本尊は阿弥陀如来。
現在の本堂と庫裡は天明2年(1782年)当寺第10世道富和尚の代に、山門は第11世鉄巌和尚の代に、書院は昭和49年(1974年)第17世哲應和尚の代に建立。
本堂の右手に六地蔵、思惟菩薩、蓮華手菩薩などの石仏と地蔵堂(閻魔堂)在り。 故武井哲應和尚の元で大勢が坐禅し、師の遷化後も坐禅会は継承され現在に至る。

【武井哲應和尚】
明治43年(1910年)秋田県雄勝郡羽後町の農家に生る。
9歳で近所の大慈寺に預けられ、15歳の時、得度。駒沢大学で学問。秋田市源正寺、秋田県角館町雲巌寺、福井県小浜市発心寺、横浜市総持寺、上海に行脚。
昭和16年(1941年)高福寺第17世住職。本山の役職、足利工業大学(現在の足利大学)理事、学監を歴任。30有余年にわたり道元禅師の説かれた正法眼蔵を提唱。多くの著書や書画あり。
歌人の松葉直助、書道家の相田みつを、画家の石井壬子夫 などが参禅す。
昭和62年(1987年)77歳遷化。

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