さいきょうじ|天台真盛宗
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楽しみ方西教寺のお参りの記録一覧
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西教寺様は塔頭の並ぶ坂を登り勅使門を左に曲がった所にある唐門から巡ります。
この日は夏参り期間であちらこちらに風鈴が設置されていて目にも耳にも涼しさを届けてくれました(^-^)
本坊に到着し、これから室内の見学をと思った矢先に豪雨が(^^;回廊も歩けない程の雨でした。
雨が止むまで休憩室でゆっくりして下さいとのお言葉に甘えさせて頂きました(^人^)
拝受出来る御朱印に聖徳太子御遺跡に該当する物がないのには少し驚きましたが、光秀公贔屓の身としても楽しくお参り出来ました(´▽`)
これで今回の滋賀の旅はお仕舞いです。
これからもたくさんの御寺様にお参りさせて頂きたい思いを強くしました(^-^)




西教寺は7世紀の初めに聖徳太子が創建したと伝えられていますが確かな記録等は無いようです。高麗から来日した僧恵慈・恵聰のために聖徳太子が建立した寺という説もあります。
平安時代の10世紀には慈恵大師良源(元三大師)、恵心僧都源心らが入山し、西教寺が民衆の修行道場として栄えていましたが、その後に荒廃し、文明18年(1486)に真盛上人が阿弥陀仏の名を一心に称える不断念仏の道場として、天台浄土教を発展させて再興したと伝えられます。現在の西教寺は全国に400以上の末寺がある天台真盛宗の総本山となっています。近くの琵琶湖畔に建つ坂本城の城主を務める明智光秀も篤い信仰を寄せていたようです。
元亀2年9月(1571)の織田信長による比叡山焼き討ちで西教寺の堂宇もことごとく焼失しましたが、明智光秀が寺の復興に尽力しました。坂本城から坂本城の城門と陣鐘が寄進されました。寄進された坂本城の陣鐘は国の重要文化財に指定され、昭和62年までは寺で撞かれていたようです。光秀により仮本堂なども建てられました。
2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は明智光秀の生涯を語るドラマで、明智光秀に深いゆかりのある西教寺に多くの人が訪れています。西教寺の本堂の近くに明智光秀一族の墓とともに光秀正室の熙子の墓もあります。明智光秀の妻熙子は細川ガラシャの母としても知られています。
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