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さきたまじんじゃ

前玉神社のお参りの記録一覧
埼玉県 東行田駅

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くし
くし
2020年11月03日(火)1703投稿

最後は行田に移動。
初めは忍城攻めをしようと思ったのですが、敵兵(観光客)が多すぎて戦意喪失。
次に行田八幡神社に行ってみたのですが、ここが駐車場が狭いのをスッカリ忘れてて今日は満車( ´-ω-)

さて、どうしたもんか?と考えたあげく、昨日に続いて今日も古墳deコーフン!しようと、前玉神社に行ってみました。
さきたま古墳群に近付くにつれて、ナビ上にも明らかに前方後円墳とわかる地形が次々と出てきて(0゚・∀・)wktk

前玉神社と摂社の浅間神社の御朱印をいただきました。
もう一つ「明治」と書かれた摂社があったのですが、この御朱印はなかった。 祭神はやっぱり明治天皇でしょうか?

神社猫キター(゚∀゚)ー!
本殿から勢いよく駆け降りてきました。
これは神社で飼われてる4匹の猫の1匹でガガ様というそうです。

最後にさきたま古墳群で、まさに古事記や日本書紀の登場人物である雄略天皇ことワカタケル大王の名が刻まれた金錯銘鉄剣でも見てこようと思ったのですが、古墳群の方はえらい混んでたので断念。

しかしやはり記紀の神々のお導きがあったのでしょうか? 帰りに書き置きを貼るのりを買いに寄ったダイソーで、こんなドンピシャなカレンダーを見つけて購入www

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惣一郎
惣一郎
2021年09月16日(木)1269投稿

前玉神社(さきたま~)は、埼玉県行田市にある神社。式内社で、旧社格は郷社。祭神は、前玉彦命(さきたまひこ)、前玉比売命(さきたまひめ)の2柱。社殿は浅間塚古墳の上に鎮座している。また社名は「埼玉」の地名の語源と言われる。

創建は不詳。当社は埼玉古墳群内に鎮座し、本殿も古墳群の方向に立っていることから、古墳群の首長層が当社における古代祭祀集団と推定する説がある。なお社名は、『正倉院文書』にも「武蔵国前玉郡」の表記がみられ、埼玉の地名の由来とされている。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』では、「武蔵国 埼玉郡 前玉神社二座」と記載されている。社伝によると、忍(おし)城中にあった浅間社を勧請してからは「浅間社」と号し、鎮座する古墳は富士山に見立てられていたという。初め古墳上の神社は「上ノ宮」、中腹にある神社は「下ノ宮」とされていたが、明治に入り上ノ宮は「前玉神社」、下ノ宮は「浅間神社」と定められたとのこと。明治維新後、近代社格制度では郷社に列した。

当社は、JR高崎線・吹上駅の北東4kmの平地にある。周りは基本住宅街だが、「さきたま古墳公園」の一部といえる場所にある。県道77号線(古墳通り)沿いの入口から参道を進み社務所の周りまでは平地だが、社殿は島のようにポツンと盛り上がった古墳(浅間塚古墳)の上に建っている。社殿の裏にも古墳があって、他の神社とは違った印象を生み出している。

今回は武蔵国の式内社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、自分以外にも参拝者が数人訪れていた。

前玉神社の鳥居

県道33号線(古墳通り)沿いにある、境内入口の<一の鳥居>と<社号標>。鳥居は、江戸時代前期の1676年建立。

前玉神社の自然

一の鳥居の左隣が駐車場で、そこに1本だけ立っている<イヌマキ>の巨木。推定樹齢600年、樹高20m、目通り幹周5.5mで、埼玉県最大の槙とのこと。御岳山信仰の奉納植樹の御神木で、幹の北側中心部の空洞には木曽御嶽神社の石碑が置かれている。

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