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惣一郎
2021年06月03日(木)
963投稿

三芳野神社(みよしの~)は、埼玉県川越市にある神社。旧社格は県社。祭神は、素盞烏尊(すさのおのみこと)と奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)。 菅原道真・誉田別尊(ほんだわけのみこと)を配祀。童話「とうりゃんせ」は、この神社の境内が舞台といわれる。

社伝によると、創建は平安時代初期の807年、ただし、氷川神社(さいたま市)を勧請したとも、北の神社(京都市)を勧請したともいわれるが定かでない。
現存する社殿は、江戸時代初期1624年に3代将軍・徳川家光の命を受け川越藩主酒井忠勝が造営。天海大僧正を導師として遷宮式が挙行され、以後、喜多院、仙波東照宮とともに江戸幕府の直轄となった。1656年には4代将軍・徳川家綱の命を受け川越城主・松平信綱が大改造し、江戸城二の丸の東照宮本殿を移築して当社本殿とした。

当社は、JR埼京線・川越駅の北東2kmの市営初雁公園の中にある。近くに川越城址、川越城本丸御殿がある。

埼玉県の旧県社として参拝することに。参拝時は週末の午後で、境内が公園の一部となっているため、子連れの家族が遊んでいたが、参拝者は自分一人だけだった。

三芳野神社の鳥居

参道の<鳥居>。(この南側に参道が100mほどある。)

三芳野神社の建物その他

鳥居をくぐってすぐ右側にある<授与所>。張り紙によると、不在時は御朱印を川越氷川神社で授与とある。

三芳野神社(埼玉県)

参道右側の<手水舎>。

三芳野神社(埼玉県)

参道右側にある<蛭子社>。

三芳野神社の末社

参道左側にある<大国社>。

三芳野神社の本殿

拝殿全景。再建間もないようで、大変きれい。

三芳野神社の本殿

拝殿正面。

三芳野神社の本殿

社殿全景。

三芳野神社の本殿

拝殿、幣殿、本殿。

三芳野神社の建物その他

初雁公園の西端にある、<わらべ唄発祥の所>の石碑(右)と<川越城七不思議>の石碑(左)。

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サンダー
2021年09月16日(木)
1014投稿

童謡「通りゃんせ」のモデル。鳥居側にも駐車スペースがあるが、本殿御殿側に停めての参拝。いったん鳥居に戻り、七つの子供の気持ちになって参道を歩きました。参道脇には公園があり、親子連れが遊んでいて怖いイメージはありませんでした。社殿は新しく2019年に明暦2年当時の姿に修復され朱の漆が鮮やかに蘇っていました。この神社造営後幕府直轄神社となり川越城内にありました。一般の参拝は田曲輪に外宮が設けられこちらに参拝しました。現在の参道は「通りゃんせ」で唄われた参道ではありません。この外宮は江戸城二の丸東照宮の拝殿幣殿を移築されていました。現在は川越氷川神社内の八坂神社として現存しています。本殿は同じく江戸城二の丸東照宮の本殿が移築されたとされています。
こちらの社務所には人がいるときもありますが、本日は留守でしたので本務社の川越氷川神社に向かい書置きの御朱印を戴きました。
神社付近には市立博物館(三芳野神社宝物が管理されています)、現存する二つのうちの一つである本丸御殿がありますので観ていくのも良いかもしれません。

三芳野神社の建物その他三芳野神社(埼玉県)三芳野神社の歴史三芳野神社の建物その他

社号碑

三芳野神社の建物その他

参道 ど〜この細道じゃ〜♫

三芳野神社の歴史

由緒書

三芳野神社の鳥居

鳥居

三芳野神社の手水

手水舎

三芳野神社の歴史三芳野神社の本殿

拝殿

三芳野神社の本殿

本殿

三芳野神社の本殿三芳野神社の末社

境内社 蛭子社

三芳野神社の末社三芳野神社(埼玉県)

灯籠

三芳野神社(埼玉県)

境内社

三芳野神社の末社

境内社 大黒社

三芳野神社の末社三芳野神社の建物その他

境内

三芳野神社の歴史
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例祭・神事

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歴史

三芳野神社は、平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪に建てられている。この為、「お城の天神さま」として親しまれている。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道を進み、三芳野神社に直進する道をとおってお参りしていた。
 この細い参道が、童唄「通りゃんせ」の歌詞の発生の地であるといわれ、現在でも静かな環境を保持しており、伝説の豊かな地である。
 なお、参道は、江戸時代より若干変化している。
 平成十一年三月
川越市教育委員会

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三芳野神社の基本情報

住所埼玉県川越市郭町2-25-11
行き方

東武バス 氷川神社前停留所 徒歩7分
     札の辻停留所 徒歩11分
イーグルバス小江戸巡回 博物館美術館前下車

アクセスを詳しく見る
名称三芳野神社
読み方みよしのじんじゃ
通称お城の天神さま
参拝時間

24時間可能

参拝にかかる時間

15分

御朱印あり

限定御朱印なし
絵馬あり

詳細情報

ご祭神素盞男尊、奇稲田姫命
菅原道真公
創建時代大同二年(807)
本殿権現造
ご由緒

三芳野神社は、平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪に建てられている。この為、「お城の天神さま」として親しまれている。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道を進み、三芳野神社に直進する道をとおってお参りしていた。
 この細い参道が、童唄「通りゃんせ」の歌詞の発生の地であるといわれ、現在でも静かな環境を保持しており、伝説の豊かな地である。
 なお、参道は、江戸時代より若干変化している。
 平成十一年三月
川越市教育委員会

Wikipediaからの引用

概要
三芳野神社(みよしのじんじゃ)は、埼玉県川越市郭町の神社。童歌「通りゃんせ」はこの神社の参道が舞台といわれる。川越城築城以前から当地にあったが、太田道真・太田道灌父子による川越城築城により城内の天神曲輪に位置することになった。平成元年(1989年)に大修理が行われ、平成4年(1992年)に完成。埼玉県指定文化財。
歴史
歴史[編集] さいたま市の氷川神社を勧請したとも、京都市の北野神社を勧請したともいわれているが定かではない。この三芳野という社名は在原業平の『伊勢物語』に出てくる「入間の郡三芳野の里」という地名が川越の旧地名であったことによる。 現存する社殿は、寛永元年(1624年)川越藩主酒井忠勝が3代将軍徳川家光の命を受けて造営した[1]もので、鈴木近江守長次によって再興された。翌寛永2年には、天海大僧正を導師として遷宮式が行われた[1]。これ以後、喜多院、仙波東照宮とともに江戸幕府の直営社となった。寛永3年(1626年)には徳川家光の侍講・林羅山がこの地で嫡男・叔勝の病気平癒を祈願した。 明暦2年...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 西武新宿線本川越駅または東武東上線・JR川越線川越駅から東武バスで「札の辻」バス停下車徒歩8分 駐車場あり
引用元情報三芳野神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E4%B8%89%E8%8A%B3%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=82624729

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