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成田山川越別院ではいただけません
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真言宗智山派

成田山川越別院

埼玉県 本川越駅

投稿する
049-222-0173

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

力強く書かれた『不動明王』の文字が印象的な御朱印です。通常御朱印のほかに、関東三十六不動霊場27番の御朱印や、小江戸川越七福神の御朱印がいただけます。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

おすすめの投稿

ぱん吉🍀
2023年11月19日(日)
880投稿

遠征⑬小江戸・川越『成田山川越別院 本行院』
お参りして御朱印を拝受~すごく素敵なものが多くてまた悩む (;´∀`)
写経もさせていただけるようで、次はゆっくり伺ってみたいお寺♪
200匹以上の亀がいるらしい《亀の池》見たかったのに失念…

成田山川越別院(埼玉県)

●左 直書きの通常御朱印
●右 吒枳尼天開運出世稲荷御朱印(書置き)
お稲荷さんの御朱印は目のところに穴が空いていてお面みたい!
●右下 はさみ紙に恵比須天様を押印~おまけ

成田山川越別院(埼玉県)

喜多院からすぐ🚶

成田山川越別院(埼玉県)

おびんづるさま
心配ごとがあったので… (無事に解決)
この日、個人的にありがたい存在でした🙏

成田山川越別院(埼玉県)

本堂
御本尊不動明王、御本尊様の左右には四大明王を安置

成田山川越別院(埼玉県)

一対の獅子頭

成田山川越別院(埼玉県)

出世稲荷 
大本山成田山新勝寺の吒枳尼天を歓請してお祀り♪
(開運出世、商売繁昌、合格成就、就職成就など)

成田山川越別院(埼玉県)

願掛けの狐さんが沢山いて可愛らしくて少し怖い、、

成田山川越別院(埼玉県)

御本尊不動明王と四大明王かな、、

奥の鐘楼堂の梵鐘は、大本山成田山新勝寺にあったものを寛永10年鋳造
(明治25年に楼堂建立にあわせ改鋳)

成田山川越別院(埼玉県)

福寿殿 
小江戸川越七福神の四番目札所として恵比須天をお祀り♪

成田山川越別院(埼玉県)

寺務所には御朱印がたくさん😄

成田山川越別院(埼玉県)

凝ったデザインのものが色々!!
どれも素敵な御朱印でした~💓

成田山川越別院(埼玉県)成田山川越別院(埼玉県)成田山川越別院(埼玉県)

大師堂

成田山川越別院(埼玉県)

弘法大師様🙏

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歴史

成田山川越別院は、成田山川越別院本行院(ほんぎょういん)と称し、いつの頃からか「久保町のお不動様」とも呼ばれるようになった。
本尊は不動明王で、内外の諸難や汚れを焼き払い、人々を守るといわれ、願をかける時などに奉納する絵馬のため、境内には絵馬堂も建立されている。
当寺は、江戸時代も末の嘉永(かえい)六年(1853年)、ペリーが黒船を率いて浦賀に来航した年に、下総の国新宿(にいじゅく)(現葛飾区)の石川照温が、廃寺となっていた本行院を成田山新勝寺別院として再興したのが始まりといわれている。石川照温については、次のような話が伝えられている。
農家に生まれた石川照温は、三十歳の頃に目が見えなくなってしまった。光明を失くした照温は、ある日のこと自ら命を絶とうとしたが、その時不思議なことに光を失った眼前に不動明王が見えたので、にわかに仏道に目覚めそれまでの生活を改めるとともに、有名な成田山新勝寺のお不動様を熱心に信仰するようになった。
そのかいあってか、失明した目もいつか昔のように見えるようになったので、いよいよ仏道に励み、当地に寺を建立し、多勢の信者から慕われるようになったとのことである。
なお、照温の碑が、近くの中院墓地に建てられている。
川越市「成田山川越別院」解説より

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成田山川越別院の基本情報

住所埼玉県川越市久保町9-2 
行き方
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名称成田山川越別院
御朱印あり

力強く書かれた『不動明王』の文字が印象的な御朱印です。通常御朱印のほかに、関東三十六不動霊場27番の御朱印や、小江戸川越七福神の御朱印がいただけます。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号049-222-0173
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.kawagoe-naritasan.net/en.htm
お守りあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご本尊不動明王
宗旨・宗派真言宗智山派
ご由緒

成田山川越別院は、成田山川越別院本行院(ほんぎょういん)と称し、いつの頃からか「久保町のお不動様」とも呼ばれるようになった。
本尊は不動明王で、内外の諸難や汚れを焼き払い、人々を守るといわれ、願をかける時などに奉納する絵馬のため、境内には絵馬堂も建立されている。
当寺は、江戸時代も末の嘉永(かえい)六年(1853年)、ペリーが黒船を率いて浦賀に来航した年に、下総の国新宿(にいじゅく)(現葛飾区)の石川照温が、廃寺となっていた本行院を成田山新勝寺別院として再興したのが始まりといわれている。石川照温については、次のような話が伝えられている。
農家に生まれた石川照温は、三十歳の頃に目が見えなくなってしまった。光明を失くした照温は、ある日のこと自ら命を絶とうとしたが、その時不思議なことに光を失った眼前に不動明王が見えたので、にわかに仏道に目覚めそれまでの生活を改めるとともに、有名な成田山新勝寺のお不動様を熱心に信仰するようになった。
そのかいあってか、失明した目もいつか昔のように見えるようになったので、いよいよ仏道に励み、当地に寺を建立し、多勢の信者から慕われるようになったとのことである。
なお、照温の碑が、近くの中院墓地に建てられている。
川越市「成田山川越別院」解説より

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