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秩父神社の御朱印・御朱印帳
右上には『知知夫国総鎮守』、真ん中には『秩父神社』の印が押されています。 | |||
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳にお書き入れ | |||
| 御朱印の頒布場所 | 本殿右横の社務所 | ||
| 御朱印帳 | 普通サイズ(11×16)、大サイズ(12×18)、寺社オリジナル | ||
| 参拝時間 | 6:00~20:00 | ||
| 電話番号 | 0494-22-0262 | ||
御朱印・御朱印帳の詳細情報
御朱印
秩父神社の御朱印

御朱印帳
秩父神社では、秩父夜祭と全国一の宮の2種類の御朱印帳が頒布されています。
秩父夜祭の御朱印帳は、全部で5色あります。
秩父夜祭の御朱印帳

赤色、紺色、緑色、水色、藤色の5色あり、藤色は例祭期間とお正月限定の御朱印帳です。
全国一の宮御朱印帳

2006年、秩父神社は全国一の宮会により知知夫国新一の宮に選定されました。
授与場所・時間
御朱印・御朱印帳ともに、本殿に向かって右側にある授与所でお受けできます。
御朱印の受付時間は8時30分~17時。
詳しくは公式サイトをご確認ください。
最新の御朱印・御朱印帳の投稿

埼玉県 秩父市 番場町 に鎮座する。知々夫国 一之宮 秩父神社、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、三峯神社・宝登山神社とともに 秩父三社の一社。12月の例祭「秩父夜祭」で知られ、秩父夜祭(秩父祭の屋台行事と神楽)は「山・鉾・屋台行事」(18府県の計33件)の1つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されている。2024.1に参拝致しました、神社対応は慣れていてスムーズで丁寧な神社様でした、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました、主祭神は八意思兼命、知知夫彦命、天之御中主神、秩父宮雍仁親王、社格等は式内社(小)、武蔵国四宮
旧国幣小社、別表神社、創建は(伝)崇神天皇10年、本殿の様式は権現造、例祭は「秩父夜祭」12月2日(宵宮)・3日(大祭)秩父神社の現存する社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康公 が寄進されたもので社殿と参道の南側延長線上に武甲山(時代によって武光山、秩父嶽、妙見山などとよばれる)があり、元々は武甲山を神奈備として遥拝する聖地であったと考えられている。八意思金命の十世孫の知知夫彦命は崇神天皇(第10代天皇)の時代に初代知々夫国造に任命され、「大神を拝祠」したという。この「大神」は知知夫彦命の祖である八意思兼命をさすと考えられ、秩父神社ではこれをもって神社の創建としている。さらに允恭天皇年間に知知夫彦命の九世子孫である知知夫狭手男が知知夫彦を合わせて祀ったといわれる、地域名の「秩父」の名を冠するが、「知知夫」から「秩父」に変わった時期は明らかではない。なお、「秩父」の初見は708年である、天慶年間(938年-947年)、平将門と常陸大掾・鎮守府将軍平国香が戦った上野国染谷川の合戦で、国香に加勢した平良文は同国群馬郡花園村に鎮まる妙見菩薩の加護を得て、将門の軍勢を打ち破ることができた。以来良文は妙見菩薩を厚く信仰し、後年秩父に居を構えた際、花園村から妙見社を勧請した。これが秩父の妙見社の創成である。
その後良文は下総国に居を移した、千葉神社の祭神も妙見菩薩である。秩父に土着した子孫は秩父平氏と呼ばれる武士団を形成した。
鎌倉時代に社殿が落雷により焼失し、再建する際に神社北東に祭られていた妙見菩薩を合祀し、秩父三十四箇所の旧15番札所・母巣山蔵福寺(現在は廃寺)が別当寺的な存在で秩父神社を管理した。以降神仏分離まで「妙見宮」として栄え、延喜式に記載の本来の「秩父神社」の名称より「秩父大宮妙見宮」の名称の方が有名となった、明治の神仏分離により、妙見菩薩と習合していた天之御中主神に祭神を改め、社名も本来の「秩父神社」に戻した。鳥居の扁額では「知知夫神社」と表記されている。頒布されている護符などに現在も妙見信仰が遺されている。
1884年(明治17年)の秩父事件では、困民党軍が境内に集結した歴史があります、
全国の一宮やそれに準ずる神社の祭神を祀る天神地祇社が摂末社にある関係で、全国の一宮が加盟する「全国一の宮会」から、2006年に「知知夫国新一の宮」に認定された

拝殿、本殿の彫刻も素晴らしいのですが、
目に留まったのは本殿裏の額殿と天神地祇社。
右の額殿では緻密な彫刻の額が印象的。左は重厚な妙見宮の扁額が。
天神地祇社ではたくさんの神社名のなかに都々古和気神社や倭文神社が!
調べると全国の一之宮を中心に計75の神々がお祀りされています。
これは祭神の八意思兼命が多くの神々の意見を纏められ、判断するとの
神話から祀られたそうです。
知知夫彦命が主役と思っていたのですが、八意思兼命は祖神なんですね。
本殿の「北辰の梟」の説明では、秩父神社のご祭神である妙見様、と記載がある、、、
扁額と言い、妙見様もかなりの存在感を示しているので、
気になって社務所の方に聞くと、
北の宮地町は秩父平氏の本拠地で、前にそびえる武甲山をご神体とする妙見信仰に篤く、
後に秩父神社と習合してしばらくは秩父妙見宮だったと。
明治の神仏分離で妙見様を天之御中主神に置き換えたそうです。
地図で検索すると中宮地町に妙見塚が有りました。
秩父の歴史を少しだけ勉強させていただきました。
長く居たいと思った素晴らしい神社でしたよ😊
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