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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年12月※今宮坊ではいただけません

いまみやぼう|臨済宗南禅寺派長岳山

今宮坊

埼玉県 御花畑駅

投稿する
0494-22-0828

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お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

今宮坊の北側にあります

巡礼

秩父三十四所観音
秩父三十四観音霊場
第十四番札所

おすすめの投稿

惣一郎
2022年10月02日(日)
1041投稿

【秩父三十四所観音霊場巡り】(過去の参拝記録)

今宮坊(いまみやぼう)は、埼玉県秩父市中町にある臨済宗の寺院。山号は長岳山。本尊は聖観世音菩薩。秩父三十四所観音霊場第14番。

当坊の前身は長岳山正覚院金剛寺といい、創建は平安時代中期、開山は長岳坊で、修験道の本山として知られる聖護院の直末であった。この当坊の観音堂と今宮神社は古来同じ場所にあり、当坊が今宮神社を含め管理していた。今宮神社は当地に伝染病が蔓延した際に疫病退散を祈って京都の今宮神を勧請したもので、合祀されている八大権現社とともに災難除けとして信仰された。また観音堂は1038年には方三間の堂宇が建てられ、弘法大師が巡錫した際に聖観世音菩薩を彫って安置している。
戦国時代の1569年に武田軍の侵入により寺社は焼き払われたが、その後江戸時代に再興し秩父巡礼の盛況に合わせ隆盛したが、明治に入り廃仏毀釈により一時無住となっていた。

当坊は、秩父鉄道・御花畑駅の北西600mの平地の住宅街の中にある。境内は広くはなく、観音堂が中心にあって、その他は納経所と小さな祠がいくつかあるのみ。全体に新しくきれいな感じで、古刹らしさは感じられないが、境内北西部にある樹齢500年の欅の木が古からの信仰を証明してくれている。

今回は、秩父三十四所観音霊場札所ということで参拝することに。参拝時は休日の午後で、自分以外は誰も参拝者を見掛けなかった。

今宮坊(埼玉県)

境内南東端入口全景。境内に入るとすぐにメインの<観音堂>。

今宮坊(埼玉県)

境内に入って左側にある<水屋>。

今宮坊(埼玉県)

<観音堂>全景。方三間の堂宇。五色の寺院幕で引き締まった印象。(o^―^o)

今宮坊(埼玉県)

<観音堂>正面。上部には「圓通閣」の扁額。奥には本尊の聖観世音菩薩。

今宮坊の地蔵

観音堂に向かって左手突き当りにある<延命地蔵尊>。

今宮坊の建物その他

観音堂の左側奥にある<勢至堂>。

今宮坊(埼玉県)

<勢至堂>正面。ここにもちゃんと五色の寺院幕。

今宮坊(埼玉県)

延命地蔵尊の前から<観音堂>全景。

今宮坊の建物その他

観音堂の右側にある<納経所>。御朱印はこちら。

今宮坊(埼玉県)

納経所の前にある<聖徳大師像>と、推定樹齢500年の欅(けやき)の巨木。

今宮坊の建物その他

納経所の前から<観音堂>の眺め。大事に管理されている感じ。

今宮坊(埼玉県)

境内の外から、欅の巨木。

今宮坊(埼玉県)

お参り専用機1号。納経所の道を挟んで反対側にある当宮の参拝者用駐車場にて。

御朱印を書いていただいた方(住職さん?)によると、バイクが到着した音を聞いていらっしゃったようで、「秩父札所はバイクが一番廻りやすいよねー」と話しかけられ、そのあとしばらくバイク談義が弾んだ~♪ (^▽^)/

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歴史

昔、甲斐の武田軍と北條軍との戦が絶えなかった頃、武田軍が秩父にやってきては神社仏閣に火を付け、里人をいじめていた。
この寺は「長岳山正覚院金剛寺」と呼ばれ、修験者の道場として非常に栄えた寺であったが、武田軍に焼かれてしまった。「信玄焼」といわれ、今でもその文献や口碑が各地に残っている。
その後建てられたのが今の観音堂である。
本尊は聖観世音木造漆箔「半跏趺坐像」で江戸初期の作である。

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今宮坊の基本情報

住所埼玉県秩父市中町25-12
行き方

秩父鉄道「お花畑駅」徒歩10分

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名称今宮坊
読み方いまみやぼう
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号0494-22-0828
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.chichibufudasho.com/kannon/14

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩
山号長岳山
宗旨・宗派臨済宗南禅寺派
札所など

秩父三十四観音霊場 第十四番札所

ご由緒

昔、甲斐の武田軍と北條軍との戦が絶えなかった頃、武田軍が秩父にやってきては神社仏閣に火を付け、里人をいじめていた。
この寺は「長岳山正覚院金剛寺」と呼ばれ、修験者の道場として非常に栄えた寺であったが、武田軍に焼かれてしまった。「信玄焼」といわれ、今でもその文献や口碑が各地に残っている。
その後建てられたのが今の観音堂である。
本尊は聖観世音木造漆箔「半跏趺坐像」で江戸初期の作である。

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