かんのんじ|真言宗豊山派|要光山
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観音寺の御朱印・御朱印帳
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埼玉県 秩父市 寺尾 に境内を構える、要光山 観音寺(ようこうざん かんのんじ)、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社 霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 要光山、寺号は 観音寺、別称は 矢之堂、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、ご本尊は 聖観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第二十一番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、創建年代は不明である。当寺の観音堂の通称は「矢之堂」であり、その由来として、当初は武蔵国秩父郡矢納村(現・埼玉県児玉郡神川町)にあったからとも、日本武尊が矢を納めたとも、平将門が矢を納めたとも、行基の邪魔をするために邪神が火を放ったのを八幡神が鏑矢を放って火を追い払ったからともいわれている、
これらの逸話から、本尊の 聖観世音菩薩は「火伏観音」と呼ばれるようになった。境内に掲額されている「観音霊験記」では、この土地の邪心や悪霊を鎮めるために、八幡の神と武甲山の神が力を合わせ、矢を放って悪霊たちを打ち倒したことから“矢之堂”と呼ばれるようになったという伝説の絵図が記されています。 1923年(大正12年)に近隣の小学校が火災に遭い、観音寺は類焼より全焼してしまったという。奇跡的に本尊を救出することができた。その後、秩父郡倉尾村(現・小鹿野町)の廃寺の廃材を活用して再建した、札所21番 要光山観音寺(秩父市指定史跡 昭和40年1月25日指定)


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