かつおうじ|高野山真言宗|応頂山
勝尾寺のお参りの記録一覧
グーグルマップでも書かせていただいたのですが、付け足しつつの日記です。
まず予備知識が全く無く車に乗ってカーブを右へ左へとハンドルを切りやってきました。元京阪沿線出身者の私からしたら、箕面は未踏の地。同じ大阪とは思えないくらい山深い。
到着、え、なんだなんだ、自販機で切符を買って改札機で入場。近代化しているのですが、横で係りの方が親切に入場方法を年配者や外国人に説明していた。
石段を登るのだが、渋滞?真ん中に手摺があるからどちらかは登れそうなのだが登れないと思いきや、中韓の方が自撮り、記念写真。ああダルマか。
ダルマをバックに写真撮影。
サササっと右へ左へとかわし、さっきのドライブみたいにやっと上に到着。
本堂に参拝、隣で納経。
そして多宝塔。
青空をバックに優美な屋根の曲線。ピッカピカの相輪に宝鎖。キュッとしまった胴に亀腹の張り具合。上層の扇垂木と総組物の豪華絢爛。蟇股の彫刻もきれいな彩色で、気温が熱くなかったら、もっと引っ付いて眺めてましたね。美しい塔でした。
いやーダルマの多い事、身長が2.5mくらいの人が挟んだとおぼしき枝の間とか、幾何学模様に並べたダルマの集合体。
人工の池のミストや、お土産などさらっと見て思った感想。
新しいお寺の在り方としては、いいお手本だと思います。人気があって入山料もそれなりにして、いろいろなSNSにアップして。生き残ろうとすればまさにこの現代、ここに落ち着くのでしょうね。
観光半分だと500〜700円のパーキング代も500〜1000円の入山料も500円の納経代。1000円もする限定御朱印。他にお賽銭、交通費などかかる昨今のお寺詣で宜しかろうけど。求道者の観音信仰にとっては36ヶ所も回ろうとするとなかなかの出費。
あくまでも私的な日記としてここに記してるので、悪く思わないでください。
ほとんどの寺院は宗教法人化されてても経営が大変なのは存じてます。その存続の応援としてなけなしの小銭をお賽銭にして納めさせていただいてます。
でもここの職員の方々も皆親切で朗らかな人が多かった。
いつのいつでも巡礼ができる時代に生まれ合わせた境遇に感謝! 合掌🙏
幾何学模様
マラソンっぽい
美しいです。
こんなとこにもダルマ
場所としては良すぎ
西国三十三所巡りでお参りしました。今年はけっこう急ピッチでお参りさせていただいており 吉願まで残り少しになってきました。
箕面というとおサルさん 渋滞が予想されていたのですが 逆コースになったためか さほど渋滞せずにたどり着きました。
こちら 山門が境内の中になっていて 参拝入口はお土産屋さんになっていました。
それも現代的というか 拝観料を支払うと QRコードのプリントされたレシートを受け取り あの昔懐かしい3本レバーの回転する改札を通るのです。(昭和感)
残念ながら山門は工事中で ネットで覆われていて見えませんでした。
境内は広く見どころ満載で 順路通りに巡ったのですが1時間ではまわれませんでした。
だるま寺で有名ですが 境内のいたるところに小さいだるまが置かれています。
しかしよーく見ると これはおみくじのだるまでした。
皆さん本物のだるまは持ち帰り おみくじだるまを置いていかれるようです。
誰でも置いてよいそうですよ。
数えることが不可能なほどのだるまが いろんな所に置かれています。
山号は応頂山 宗旨宗派は高野山真言宗 ご本尊は十一面千手観世音菩薩 創建年は神亀4年(727年) 開山は開成 開基は善仲・善算 中興年は文治4年(1188年) 中興は源頼朝です。
由緒については
伝承によれば 勝尾寺の草創経緯は次のとおりである。
神亀4年(727年) 藤原致房の子の善仲 善算の兄弟はこの地に草庵を築き 仏道修行に励んでいた。
それから約40年後の天平神護元年(765年) 光仁天皇の皇子(桓武天皇の異母兄)である開成が2人に師事して仏門に入った。
宝亀8年(777年) 開成は念願であった大般若経600巻の書写を終え 勝尾寺の前身である弥勒寺を創建した。
そして 数年後の宝亀11年(780年) 妙観が本尊の十一面千手観世音菩薩立像を制作したと伝えられている。
開成の僧としての事績については正史に記載がなく不明な点も多いが 北摂地域の山間部には当寺以外にも高槻市の神峯山寺など 開成の開基または中興とされる寺院が点在している。
勝尾寺は平安時代以降 山岳信仰の拠点として栄え 天皇など貴人の参詣も多かった。
元慶4年(880年) 当時の住職行巡が清和天皇の病気平癒の祈祷を行い 「勝王寺」の寺号を賜るが 「王に勝つ」という意味の寺号は畏れ多いとして勝尾寺に差し控えたという。
とありました。
こちらは総門になるのでしょうか 閉じられています
石柱
お土産屋さんが参拝入口です
境内案内図
だるまの目入れ作法
工事中の山門
お迎え地蔵様
山門(仁王門)とお浄め橋の説明
噴水は涼し気です 実際は暑い
お浄め橋から見て
本堂までけっこう歩きます
石段も上ります
奥に多宝塔が見えます
一願不動尊
勝ちだるま納め所
こんな所にもだるま
だるまみくじの見方
本堂へはまだ歩きます
開山堂 ここもだるまだらけ
水掛け観音
大師堂
四国八十八か所お砂踏み
大師堂内陣
ようやく本堂
よーく見ると だるまだらけ
わかるかな?
わかるかな?
ほら
内陣
鐘楼 ここにも
だるまだらけ ここ好きになりました
ご神木ではなさそうですが ここもだるまだらけ
不動堂 こちらにもだるま
内陣
二階堂 ここにもだるま
多宝塔
見えますか?だるま
松の木の枝まで だるま
知恵の環
説明
もうすぐ出口 ここにもだるま
最後までだるまだらけ いったい何体いるのかな
西国三十三ヶ所二十二番札所で法然上人二十五霊場五番札所の勝尾寺さんにお参りしてきました。
仁王門は改修中でした。
参拝入口から境内に入ってすぐにトムソーヤダルマです。
ステンドグラスでできており、中央の大きなダルマの左右から顔出しでします。
勝尾寺といえば勝ちダルマの勝ちダルマ奉納棚です。
勝尾寺さんの本堂です。
十一面千手観世音菩薩が安置されています。
御朱印をいただいた際に御朱印帳に挟まれていた挟み紙です。
本堂の右に納経所がらありのその右に不動堂があります。
勝尾寺さんの二階堂です。
第四代座主 証如上人によって建立され、法然上人が讃岐からの帰途、証如上人をしのび四年間留錫され念佛三昧の行に入られた専修念仏の道場である。
後に善導大師の夢のお告げにより浄土宗本基の戒を授かられ、その時に壁板に浮かび上がった二祖の尊影をご本尊とする法然上人第五番霊場です。
御朱印をいただいた際に御朱印帳に挟まれていた挟み紙です。
境内社の弁財天社です。
勝尾寺に参詣しました。
西国三十三所第23番札所
法然上人二十五霊場第5番霊場
ダルマ
ダルマと鯉のぼり
ダルマでハート❤️
ダルマ
本堂
御朱印
西国三十三所第23番
二階堂
御朱印
法然上人二十五霊場第5霊場
多宝塔
ダルマ
ダルマみくじ
勝尾寺
兵庫大阪の寺院巡りの5寺目は、4寺目の兵庫県川西市に一部隣接している大阪府箕面市に在る応頂山 勝尾寺です。
今回の寺院巡りの最後となります。
西国三十三所観音霊場 第23番札所。
高野山真言宗で、本尊は秘仏・十一面千手観音。この秘仏本尊は毎月18日に開帳されます。が、下陣からのため距離があり、更に透明のアクリル板越しのため、極めて見辛いです。
他に、重文の薬師三尊像や府指定の千手観音(本尊ではない)が宝物館に安置されていますが公開日は未定です。
私自身何度か参拝しており投稿もしておりますし、有名大寺院ですので多数の方が投稿されておりますので簡単に。
勝ちダルマ奉納棚に無数のダルマが奉納されておりますので、それだけ祈願成就された方が多いのでしょうね。また、境内のあちこちに可愛い小さなダルマが置いてあります。これを見るだけで楽しいです。
いつ来ても思うのですが、圧倒的に外国人(中国、韓国、インドネシア、ベトナム、etc)参拝客が多いですね。SNSとかで映えする所として載っているのかなあ?
本堂横の納経所で御朱印を頂き、下山して帰路に着きました。
御朱印
山門は工事中
一願不動尊
勝ちダルマ奉納棚
手水
三宝荒神堂
三社権現(鎮守堂)
開山堂
水掛け観音堂
大師堂
本堂
鐘楼
不動堂(護摩堂)
多宝塔
二階堂
弁財天
相談中
クリスマスローズの花の下で愛を語る?
整列!
勝尾寺(かつおうじ)。
千里中央駅からバスに乗り換え。箕面の滝が近いため、紅葉の季節、バスは人でいっぱい。ところが、最近は季節問わず人でいっぱい。"オーバーツーリズム"!!ってこういう状態のことなのですね。😯😵💫
冬に逆戻りしたかのような寒〜いこの日も、人でいっぱいでした!😯😵💫
西国三十三所観音霊場 第23番札所
山号:応頂山
宗派:高野山真言宗
御本尊:十一面観世音菩薩
創建:727年(新亀4年)
"勝尾寺"の名前の由来は、天皇の病気平癒を祈願し、病気を治したことから。つまり"王(天皇)"の病気に"勝つ"、すなわち"勝王寺"という名前を賜ったことからきたのだそうです。(第6代座主の行巡上人)もとは弥勒寺という名前だったとのこと。ですが、恐れ多い。ということで、"王"の字を"尾"に変え、勝尾寺(かつおうじ)としたとのことです。
平安時代、清和天皇の時代のことです。
勝負事の願かけでお参りされる方が多いです。
祈祷してもらう方、お礼参りの方···。願い叶いだるまを御返しする所は、人気スポットになっています。
西国三十三所観音霊場 第23番札所
山号:応頂山
宗派:高野山真言宗
御本尊:十一面観世音菩薩
創建:727年(神亀4年)
願いが叶い、報告とお礼を兼ねお寺さんに納められただるまたち。こちらをバックに写真撮っている人が多いです。
多宝塔
三宝荒神さま
仏·法·僧の三宝を護ってくださる神さまであり、荒神さま、すなわち仏法伽藍を護ってくださる神さま
しっかりと手を合わせます。🙏
ご本堂
ロウソクお線香を供え、お賽銭納め札をおさめ、お経を唱えさせていただきます。🙏
いただいた御朱印です。
西国三十三所観音霊場 第23番札所
山号:応頂山
宗派:高野山真言宗
御本尊:十一面観性音菩薩
創建:727年(神亀4年)
〈御詠歌〉
重くとも 罪にはのりの かちをでら
仏を頼む 身こそやすけれ
意味・・どんなに重い罪よりも、仏法の方が勝
ちます。ですから、仏様を頼りにし、
信仰すれば心身ともに安定しますよ。
千里中央駅から、バスで30分程山の中へ。バスの中はいつも参拝者で一杯。"寒いこの時期なら少ないかも"という予想は見事に外れました。かろうじて座ることができて感謝。(発車20分前に並びました。🤭)バスはくねくね道上がりますから、結構キツいのです、立ったままだと。
バスを降りて"入山入口"に移動。ここでも並びます。いつも思うのは、中国の方が多いこと。アジア系の言葉も飛び交います。
バス停からすぐ
"入山入口"で入山料を納め入ると、すぐに池と弁財天さまの雄大な景色が広がっています。
お休み処のガラス
お迎え地蔵さま
まずこちらでお参りします。
仁王門
現在修理中。本来は朱色の立派な御門です。修理が無事に終わることを願います。
池を後にし、階段をゆっくりと上がっていきます。
多宝塔が近づいてきました。
一言不動尊
こちらでも手を合わせます。
勝ちダルマ納め所
両目がはいったダルマさんがぎっしりと並んでいます。
ダルマさんが並んでいます。
厄ばらい 三宝荒神堂
手を合わせます。
ご本堂
見えてきました。アジサイの季節は、華やかさを増します。😌
水掛け観音堂
大師堂
お砂踏みができます。
ご本堂
こちらでお線香ロウソクを供え、お賽銭を。お経をあげさせていただき、"納め札"を納めます。
おみくじがぎっしり
総合受付所
御朱印をいただきました。
いただいた御朱印です。
案内所を後にし、二階堂へ向かいます。
坂を上っていきます。
多宝塔が下に見えてきました。
二階堂
勝尾寺さんは、法然上人と関わりが深いお寺さんです。1207年、後鳥羽上皇は、侍女が法然上人の念仏法会に参加し影響を受け、尼僧になったことに激怒。僧籍を剥奪し土佐(後の讃岐)に配流の勅令を出します。
10ヶ月後ようやく怒りが解け、法然上人は
許され讃岐を離れますが、入京は許されませんでした。そこで、こちらの二階堂に4年間滞在したとの記録が残っているそうです。
二階堂を後にし、多宝塔へ。
多宝塔を後にし、下っていきます。
弁財天
しっかりと手を合わせます。
たくさんの参拝者ですが、境内が広いのでゆっくりお参りすることができました。今日も無事にお参りできたことに感謝です。🙏
紅葉の季節ということで今年は勝尾寺へ。
ちょうど見頃だったので、大変綺麗でした。天気も良く写真日和。外国人観光客が非常に多かったです。よく知ってますね。
勝尾寺は727年に善仲と善算兄弟が修行のための草庵を結んだのが始まりとされています。後に修行に加わった開成が写経を収めた六角堂が弥勒寺となり、これが勝尾寺のはじまりのようです。775年のこと。また、六代目住職行巡は知恵にすぐれ徳が高く、加持祈祷によって清和天皇の病気が快復したため「勝王寺」の名前を授かったのですが、恐れ多いということで「勝尾寺」となったそうです。
御朱印。混むかと思いましたが、そうでもなく。
楼門は修復中ですが、参道からの全景。
勝ちだるま。
三宝荒神社
本堂。右奥が納経所。
大師堂。
あちこちに参拝者が置いていったダルマがたくさん。
多宝塔。
大阪府のおすすめ🍁
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