なんばやさかじんじゃ
難波八阪神社大阪府 JR難波駅
6時〜19時
大きな獅子頭があります。
大きさにびっくりしました。
ここも外国人のお参りがとても多い神社⛩️です。
綱引神事が有名
スサノウノミコト 稲田姫命
二人の子供八柱御子命
書置きのみ
551蓬莱、大寅蒲鉾
獅子の天井 ひとつひとつ違う模様みたい
南から正面です。
大阪市浪速区 元町の難波八阪神社にご参拝させていただきました☺️
ご祭神
牛頭天王 素盞嗚尊(すさのをのみこと)さま
奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)さま
八柱御子命(やはしらみこのみこと)さま
天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)さま
天穂日命(あめのほひのみこと)さま
天津日子根命(あまつひこねのみこと)さま
活津日子根命(いくつひこねのみこと)さま
熊野久須毘賣命(くまぬくすびのみこと)さま
多紀理毘賣命(たきりびめのみこと)さま
多岐津毘賣命(たぎつひめのみこと)さま
狭依毘賣命(さよりびめのみこと)さま
摂社・末社
⚪︎篠山神社
篠山十兵衛景義公
(ささやまじゅうべえかげよしこう)さま
⚪︎稲荷神社
宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)さま
豊国稲荷大神(ほうこくいなりだいじん)さま
⚪︎三宝荒神社
奥津日子神(おきつひこのかみ)さま
奥津比賣神(おきつひめのみこと)さま
火産霊神(ほむすびのかみ)さま
⚪︎市杵島姫神社
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)さま
大物主神(おおものぬしのかみ)さま
⚪︎皇大神社
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)さま
猿田彦神(さるたひこのかみ)さま
すごい数の神さまです。
ご本殿に向かい畏かしこみ畏かしこみ身滌大祓(みそぎのおおはらい)をご奏上させていただきました。牛頭天王(ごずてんのう)さまに届きましたでしょうか☺️
すごい数の外国の方々の人波の中、隅っこの方に立たせていただいて、小声で集中して祝詞をご奏上させていただきました。ありがたい気持ちが湧き立ってきて空を見上げると、龍神🐉さまの雲がたくさん見えて「よく来た」とおっしゃっていただいているように思いました。ありがたいことです。いつも見守っていただいてありがとうございます☺️
難波勤務地のとき、よく年始ご祈祷を受けさせていただいていましたが、牛頭天王さまとたくさんのご祭神がいらっしゃる、すごい神社だとは思ってもいませんでした。牛頭天王さまに(できれば雨の日に)これからもご参拝させていただきたいと思います。
精進して また ぜひ次も ご参拝させていただけますように😊
ご本殿
大きな大きな龍神🐉さま☁️
創建年月日など詳しい資料は残っていませんが、社伝によれば古来「難波下の宮」と称し難波一帯の産土神でした。後三条天皇の延久(1069年から1073年)の頃から祇園牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りする古社として世間に知られていました。
もとは神仏混淆でしたが、維新後、神仏分離により寺は廃絶し、明治5年(1872年)に郷社となりました。現在のご本殿は、昭和49年(1974年)5月に完成。
毎年1月の第3日曜日に行われている綱引神事は当社の御祭神、素盞嗚尊(すさのをのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、民衆の困苦を除かれた故事に基づき始められたと言われています。「摂津名所図絵」や「摂津名所図会大成」にも紹介されています。また、平成13年(2001年)には、大阪市で初めての無形民俗文化財に指定されました。
住所 | 大阪府大阪市浪速区元町2-9-19 |
---|---|
行き方 | 大阪市営地下鉄御堂筋線・四つ橋線難波駅より約6分
|
名称 | 難波八阪神社 |
---|---|
読み方 | なんばやさかじんじゃ |
参拝時間 | 6時〜19時 |
御朱印 | あり 右上に御神紋の三つ巴と木瓜紋は京都の八坂神社と同じものです。
|
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 06-6641-1149 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://nambayasaka.jp/ |
おみくじ | あり |
お守り | あり |
絵馬 | あり |
SNS |
ご祭神 | 素盞嗚尊,奇稲田姫命,八柱御子命 |
---|---|
ご由緒 | 創建年月日など詳しい資料は残っていませんが、社伝によれば古来「難波下の宮」と称し難波一帯の産土神でした。後三条天皇の延久(1069年から1073年)の頃から祇園牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りする古社として世間に知られていました。
|
体験 | おみくじお宮参り絵馬結婚式七五三御朱印お守り伝説 |
Youtube | |
概要 | 難波八阪神社(なんばやさかじんじゃ)は、大阪市浪速区にある神社。旧社格は郷社。よく「難波八坂神社」と書かれているが、これは誤字である。 |
---|---|
歴史 | 歴史[編集] 仁徳天皇の時代、この付近一帯に疫病が流行り出したところ、牛頭天王が現れたのでこれを祀ったのが当社の始まりとされる。 それ以来「難波下宮」と呼ばれており、難波一帯の産土神となった。延久年間(1069年 - 1073年)の頃には牛頭天王を祀った神社として有名であり、神宮寺の他十二坊の塔頭が並んでいた。 明治維新後の、神仏分離により寺は廃絶し、1872年(明治5年)に郷社となった。 1945年(昭和20年)3月13日・14日の第1回大阪大空襲で社殿が焼失した。 現在の本殿は1974年(昭和49年)5月に完成した。本殿と同じく、1974年5月に完成した獅子殿という素盞嗚尊の荒魂を祀...Wikipediaで続きを読む |
行事 | 祭礼[編集] 難波祇園祭(夏祭・難波祭):7月12日 - 14日(12日船渡御、13日宵宮、14日本宮陸渡御) 綱引神事祭:1月第3日曜日 |
引用元情報 | 「難波八阪神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%9B%A3%E6%B3%A2%E5%85%AB%E9%98%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=101956589 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
5
0