御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
【サポーター特典】幸せと健康を毎月ご祈願
100年後に神社お寺を残せる未来へ

たむけやまはちまんぐう

手向山八幡宮
奈良県 近鉄奈良駅

07:00-16:30(※時期により変動するため要確認)

御朱印について御朱印
あり

真ん中に「手向山八幡宮」と墨書きされています。八幡宮の「八」が神紋の「向かい鳩」の形になっている珍…

限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
なし

なし(※東大寺周辺にコインパーキング多数あり)

おすすめの投稿

くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年05月10日(日)3500投稿

手向山八幡宮は東大寺の東側 手向山の麓にある神社です。
こちらに参拝するのも10回以上になります。
東大寺界隈は何度訪れても飽きません。
手向山八幡宮は東大寺の鎮守社として創建された神社です。
大仏殿の拝観出口からすぐ左手(東側)から参道の坂道が続きます。
大鳥居も立派ですが 社号の石柱がなんともでかい。
もちろん狛犬さんもでかい。
参道は一直線で 境内の造営がいかに計画的だったかが分かります。
教科書で見たことのある校倉造の宝庫もありました。
境内には境内社がいくつもあります。
一部傷んでいる建物もあるのですが それが歴史を感じさせてくれます。
外国からのお客様がけっこういらっしゃって 親子で何やら説明されているようでした。
手向山八幡宮の由緒を説明されているとは思えないので おそらく社殿のことだろうと思うのですが それでも嬉しいことです。
日本の文化を外国の方が外国の方に説明して広めていってくださっているのですから。
社務所では 外国の方の行列の後ろに並びました。
「レッドインクスタンプ プリーズ」
へぇ 御朱印って「レッドインクスタンプ」って言うんか。
勉強になりました。

ネット情報です。
創建は天平勝宝元年(749年)
主祭神は応神天皇・姫大神・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇
別名は東大寺八幡宮
天平勝宝元年(749年) 東大寺及び大仏を建立するにあたって宇佐八幡宮より東大寺の鎮守神として勧請された。
当初は平城宮南の梨原宮に鎮座したという。
梨原宮の所在地は未詳だが 奈良市役所近くにある平城京左京三条二坊宮跡庭園がその跡ともいわれる。
後に東大寺大仏殿南方の鏡池付近に移座したが 治承4年(1180年)の平重衡による南都焼討で焼失する。
文治4年(1188年)に東大寺大勧進職の重源によって仮殿が建てられ 建久8年(1197年)に社殿が再建される。
その後 建長2年(1250年)に北条時頼によって境内地が東大寺千手院の跡地である現在地に移された。
江戸時代の元禄4年(1691年)に本殿が再建されている。
創建以来 東大寺に属しその鎮守社とされてきたが 1871年(明治4年)の神仏分離の際に東大寺から独立し 県社に列せられている。
また 東大寺塔頭の東南院(現・本坊)にあった東照宮は天皇殿とされ 東照宮の社殿と祭神は当社に移された。
手向山は紅葉の名所として知られ 古今和歌集では菅原道真が 「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」と詠んでいる。

手向山八幡宮(奈良県)

東大寺大仏殿の東側から参道が続きます

手向山八幡宮(奈良県)

でかいです

他15枚の写真を見る
もっと読む
投稿をもっと見る|
126

歴史

創建は749年(天平勝宝元年)。東大寺の鎮守として宇佐神宮から勧請されたのがはじまりで、当初は平城宮の南に鎮座していたようです。その後、年代不明ですが東大寺大仏殿の南に移転し、南都焼討ののち社殿が再建されています。
現在地に移転したのは1250年(建長2年)。北条時頼によって東大寺千手院の跡地に移されました。その後の沿革は不明ですが、1691年(元禄4年)に現在の社殿が再建されています。明治期には神仏分離によって東大寺から独立しました。

歴史をもっと見る|
15

手向山八幡宮の情報

住所奈良県奈良市雑司町434
行き方

JR奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車 徒歩15分
近鉄奈良駅下車 徒歩30分

手向山八幡宮の基本情報

名称手向山八幡宮
読み方たむけやまはちまんぐう
通称東大寺鎮守八幡宮
参拝時間

07:00-16:30(※時期により変動するため要確認)

御朱印あり

真ん中に「手向山八幡宮」と墨書きされています。八幡宮の「八」が神紋の「向かい鳩」の形になっている珍しい御朱印を頒布しています。

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0742-23-4404

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://tamukeyama.or.jp/
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神 応神天皇、姫大神、仲哀天皇、神功皇后、仁徳天皇
創建時代749年(天平感宝元年)
創始者聖武天皇
本殿桁行11間・梁間2間、十一間社入母屋、向拝不明、銅板葺
文化財

国宝
唐鞍 一具 - 内訳:黒漆螺鈿鞍 1背、鞍褥(くらしき) 1枚、障泥(あおり) 1双、雲珠(うず) 2箇、轡(くつわ) 1口、手綱 1懸、面繋(おもがい) 1懸、胸繋(むながい) 1懸、銀面 1面、頚総(くびふさ) 1懸、八子(はね) 10条、鐙(あぶみ) 1双、力革 1双、尻繋(しりがい) 1懸、腹帯 1懸、尾嚢(おぶくろ) 1口、差縄 2条
重要文化財
・境内社住吉社本殿
・宝庫
・木造舞楽面 21面(皇仁庭、崑崙八仙、地久4、新鳥蘇、退宿徳、胡徳楽5、胡徳楽勧杯、胡徳楽瓶子取、胡飲酒、二ノ舞、貴徳、散手、納曽利、採桑老)
・木造菩薩面 1面(附 菩薩面1面)
・木造獅子頭 2面(附 木造鼻高面3面)
・木造狛犬 1躯(附 木造獅子1躯、木造獅子狛犬2対)
・赤銅造太刀 銘備前国長船住長光
・黒漆四枚居木鞍
・唐鞍(黒漆宝相華尾長鳥螺鈿鞍1背、金銅装障泥1双、銀面1面、面繋(杏葉付)1懸、胸繋(杏葉付)1懸、尻繋(杏葉付)1懸、附 木製輪鐙1双)
・唐鞍(黒漆宝相華尾長鳥螺鈿鞍1背、金銅装障泥1双、轡1口、銀面1面、面繋(杏葉付)1懸、胸繋(杏葉付)1懸、尻繋(杏葉付)1懸、輪鐙1双、雲珠2箇、八子6条)[2]
・移鞍(黒漆鞍2背、轡2双、厚総面繋2懸、厚総胸繋2懸、厚総尻繋2懸、壺鐙1双、鎖面連2懸)[3]
・素木鞍
・黒漆海松円文螺鈿鞍(くろうるし みるえんもんらでんくら)
・壺鐙(鉄宝相華唐草金銅象嵌壺鐙1隻、鉄宝相華唐草金銅象嵌壺鐙1隻、鉄骨木製黒漆半舌鐙1隻、鉄骨木製黒漆半舌鐙1隻、鉄骨革張半舌鐙1隻、鉄半舌鐙1双)
・錦貼神輿
・桐竹鳳凰蒔絵瓶子 - 舞楽で使用する小道具。
・鉦鼓
・彩絵鼓胴 康平4年(1061年)銘

ご由緒

創建は749年(天平勝宝元年)。東大寺の鎮守として宇佐神宮から勧請されたのがはじまりで、当初は平城宮の南に鎮座していたようです。その後、年代不明ですが東大寺大仏殿の南に移転し、南都焼討ののち社殿が再建されています。
現在地に移転したのは1250年(建長2年)。北条時頼によって東大寺千手院の跡地に移されました。その後の沿革は不明ですが、1691年(元禄4年)に現在の社殿が再建されています。明治期には神仏分離によって東大寺から独立しました。

体験
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この神社の神主様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の神社の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

御朱印背景
NEWSLETTER

最新の限定御朱印情報が届く!

御朱印メルマガを受け取ろう

※購読はいつでも解除できます。利用開始をもって利用規約プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy andTerms of Service apply.
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ