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せんだいだいじんぐう

仙台大神宮

宮城県 広瀬通駅

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022-222-2113

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茉憂☪︎*。꙳
2018年01月03日(水)
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気になっていた仙台大神宮。仙台のお伊勢様です。
こちらは明治十四年に伊達家臣、鬼庭綱元様の息子茂庭良元様のお屋敷跡へ建てられています。
茂庭氏も政宗様を支えた重要家臣の一人です。
お父様の綱元様は政宗様の乳母である片倉喜多様と異母兄弟です。
鬼庭と名乗っていましたが、秀吉様より「鬼が庭に居るのはよろしくない」とのお言葉により茂庭へと改姓したと言われています。

神宮様なのでもちろん天照大御神様・豊受大神様が御祭神ですが、天御中主神様、伊邪那岐様、伊邪那美様もお祭りされています。
屋敷跡のつくりをそのまま残しているのか、言われてみれば屋敷的な雰囲気で神社っぽくないつくりでした。鳥居は稲荷神社の前のみで、他はありません。
色も、赤と緑で賑やかです。置いてあるベンチはすべて緑でした笑

社務所には猿田彦神社と書かれたの木札(看板)が飾られていました。大きな榊や神輿を担いでいる絵の描かれた木札が続いてありました。拝殿前と同じ文字で「●神宮」と書かれていたのですが読めず、関わりも不明です(*_*)
思うに大神宮?天孫降臨の絵なのかな。等勝手に妄想。

仙台大神宮の山門仙台大神宮の山門仙台大神宮の本殿仙台大神宮の歴史仙台大神宮の本殿仙台大神宮の建物その他仙台大神宮の御朱印

仙臺となっているのががいいですね(*^^*)

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歴史

当大神宮は申すまでもなく伊勢神宮を本宗と仰ぎ分祀された由緒ある神宮である。伊勢神宮は、内外宮を併せ奉り神宮と申し上げ宮内におかれては代々御祖神と仰ぎ奉り我が日本国民敬神崇祖の魂の拠所として諸神社に冠絶する地位にあり全神社の最高最貴の宗祀として遍く人々の信仰を集めて居り其の神宮にては明治維新に際し大教宣布の政府方針に呼応し明治4年、伊勢に神宮教院が開設され、神宮の御神徳の発揚惟神の大道の宣布の運動が行われ全国を三十一教区に区分し、枢要の地に本部を配置した。その第4教区宮城本部設営に当たり伊勢神宮称宜国文学者久米幹文が御分霊を奉持し仙台にきたり、青葉城に対峙し広瀬川を望めるかの有名な寛文事件(伊達騒動)で功労のありし家老茂庭周防邸であり又現在の仙台地名の起源である千体仏(千体より仙台となる)を信奉しれる伊達政宗公が築城開府の折遷せし片平丁の現在地に御遷座、神宮教奥羽教会所を設立したのに始まる。降りて明治32年神宮奉斎会が新設され、ここに神宮奉斎会宮城本部と改称される。日本全国における神前結婚式の創設は奉斎会からである。即ち宮中婚約令16条を以て時の皇太子(後の大正天皇)は九条道孝公爵御息女節子姫と明治33年5月10日御成婚の儀を執行われたのに始まる。当大神宮も県内の神前結婚式の草分けとして厳粛に多くの夫婦を結びし婚儀の宮である。昭和21年終戦を迎え米国占領軍の所神道指令に依り宮城本部の解散と名称の変更を余儀なくされ同年4月16日宗教法人令に基づき宗教法人仙台大神宮を設立し連綿として伊勢の、神々を御祭神と奉じ幾多の変遷を重ねつつ宮城のお伊勢様として宏大無辺の御神徳、尊崇を集め御光を仰ぎ、地鎮祭、竣工祭等、諸祭典執行の由緒深き神宮として現在に至。

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仙台大神宮の基本情報

住所宮城県仙台市青葉区片平一丁目3番6号
行き方
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名称仙台大神宮
読み方せんだいだいじんぐう
通称片平大神宮
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号022-222-2113
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
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詳細情報

ご祭神天照皇大神 豊受大神
天之御中主神
伊邪那岐大神
伊邪那美大神
創建時代明治14年
ご由緒

当大神宮は申すまでもなく伊勢神宮を本宗と仰ぎ分祀された由緒ある神宮である。伊勢神宮は、内外宮を併せ奉り神宮と申し上げ宮内におかれては代々御祖神と仰ぎ奉り我が日本国民敬神崇祖の魂の拠所として諸神社に冠絶する地位にあり全神社の最高最貴の宗祀として遍く人々の信仰を集めて居り其の神宮にては明治維新に際し大教宣布の政府方針に呼応し明治4年、伊勢に神宮教院が開設され、神宮の御神徳の発揚惟神の大道の宣布の運動が行われ全国を三十一教区に区分し、枢要の地に本部を配置した。その第4教区宮城本部設営に当たり伊勢神宮称宜国文学者久米幹文が御分霊を奉持し仙台にきたり、青葉城に対峙し広瀬川を望めるかの有名な寛文事件(伊達騒動)で功労のありし家老茂庭周防邸であり又現在の仙台地名の起源である千体仏(千体より仙台となる)を信奉しれる伊達政宗公が築城開府の折遷せし片平丁の現在地に御遷座、神宮教奥羽教会所を設立したのに始まる。降りて明治32年神宮奉斎会が新設され、ここに神宮奉斎会宮城本部と改称される。日本全国における神前結婚式の創設は奉斎会からである。即ち宮中婚約令16条を以て時の皇太子(後の大正天皇)は九条道孝公爵御息女節子姫と明治33年5月10日御成婚の儀を執行われたのに始まる。当大神宮も県内の神前結婚式の草分けとして厳粛に多くの夫婦を結びし婚儀の宮である。昭和21年終戦を迎え米国占領軍の所神道指令に依り宮城本部の解散と名称の変更を余儀なくされ同年4月16日宗教法人令に基づき宗教法人仙台大神宮を設立し連綿として伊勢の、神々を御祭神と奉じ幾多の変遷を重ねつつ宮城のお伊勢様として宏大無辺の御神徳、尊崇を集め御光を仰ぎ、地鎮祭、竣工祭等、諸祭典執行の由緒深き神宮として現在に至。

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