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れんげおういん(さんじゅうさんげんどう)|天台宗

蓮華王院(三十三間堂)のお参りの記録一覧
京都府 七条駅

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のぶさん
のぶさん
2022年03月09日(水)1661投稿

修学旅行で訪れて以来なので三十数年振りの参拝です、当時は何も感じることなくただ眺めていたのだろうと。歳を重ねると見方も変わるものだなぁとつくづく思います。
こちらでも突然雪が降り出し、関東では経験することない晴れ時々雪を初体験できた一日でした。
三十三間堂。正しくは蓮華王院(れんげおういん)蓮華王とは千手観音のこと、蓮華王院本堂の内陣の柱間(はしらま)が33あることことから、「三十三間堂」と呼んでいる。現在の三十三間堂は建長元年(1249)の火災後に再建された2代目。

東に面して南北120メートルに伸びる長大な空間に仏像がひしめく光景は、一度見たら忘れられない光景。じつはここには後白河法皇の極楽往生を望む執念がつまっているのだ。

三十三間堂に安置されているのは、中尊である丈六の「千手観音菩薩坐像」、守護神の「風神・雷神像」、眷属(けんぞく=従者)の「二十八部衆像」(いずれも国宝)、そして「千手観音立像」1001体(重文)と合わせて、その数1032体!

これだけの仏像がどういう風に並べられているかというと、国宝の中尊の左右それぞれ10段に、千手観音像が各段50体ずつ階段状に並べられ、中尊の後ろにも1体安置されている。

出口付近にある売店で奈良時代から同じ製法で作られてるお菓子を購入しました、昔は貴族した食べれなかった貴重なものをいただける貴重な経験を京都の最後にさせていただきました✨帰宅後に間違いなく食べる機会は無かったと思われるご先祖様にもお仏壇に備えさせていただきました。

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きどっち
きどっち
2021年10月31日(日)1515投稿

第七十七代後白河天皇が退位後上皇として、この地に御所を造営して院政を行なわれました。
長寛2年(1164年)に平清盛に命じて、蓮華王院の本堂として造営されましたが、80年後に焼失してしまったそうです。
しかしまもなくして、後嵯峨上皇によって1266年に再建されたとのこと。
桃山時代には豊臣秀吉によって建立された大仏殿方広寺の境内に取り込まれ、南大門や太閤塀が築かれました。

三十三間堂は子供の頃に行ったような記憶がうっすらとあるのですが、1001体の観音様を見た記憶が・・・ない!
ということで今回はしっかりと脳裏に焼き付けてまいりました。
しかし1001体の金色の観音様はさすがに圧巻ですが、これを忘れるとは思えないんですよね。
子供の時の記憶ってそんなもんなんでしょうか。

本堂内は撮影禁止だったため本堂の外側のみの写真となりましたが、実は本堂内は結構拝観者が多く、さらに修学旅行生とも被ってしまいました。
一体一体顔が異なる観音様や、迫力の風神雷神様、二十八部衆像をもう少しじっくり見たかったですがあまり長く立ち止まることができず。

御朱印は本堂内でいただけるのですが、御朱印帳を持っていってたものの、秋限定のイチョウの御朱印帳を見た瞬間衝動的に手に取ってしまい、そちらに御朱印をいただきました。

蓮華王院(三十三間堂)の山門・神門

東大門

蓮華王院(三十三間堂)のその他建物

東大門から南大門方向

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