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はちまんぐう(きりくはちまんぐう・かじゅうじはちまんぐう)

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)
京都府 小野駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

社務所前数台

おすすめの投稿

soo_cyan
soo_cyan
2025年12月02日(火) 08時52分11秒
4435投稿

西向寺お隣の参道から八幡宮へ。GoogleMapでは「吉利倶八幡宮」となってますが「八幡宮」のみが正式みたい。勧修寺の鎮守社だったので「勧修寺八幡宮」とも呼ばれるそうです。もう鳥居に着いたときからうっとり😍鳥居と階段の紅葉がとても良き。紅葉穴場認定です😊ちらほら参拝の方もおられたので地域に根付いた神社といった感じです。勧修寺鎮守であり、醍醐天皇や豊臣秀吉公ゆかりの神社でもあるようです。伏見城から北東、つまり鬼門方角なので重要視されたのでしょうね・・・願いかなわず伏見城は廃城となりましたが・・・😅本殿周りが紅葉なかったのが惜しいですかね。まあそれ目当てで手を合わせない人も出てきそうだからそれでいいのですが。摂末社と本殿お参り、社務所は閉まっていたので御朱印は残念😥末社に金山神社があるようなのですが見落としです😅

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

社号標

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

由緒3

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

二の鳥居。

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

手水舎

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

カメさん🤗

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

参道階段

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

天満宮鳥居

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

安産の神

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

天満宮

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

拝殿前参道階段

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

太閤燈籠

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

同由緒

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

布袋さんが二体

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

神器庫

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

閼伽井由緒

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

閼伽井。しっかりガードされてて見えない🐸

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

拝殿。白羽の矢が立ってます

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

若宮社

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

本殿

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

武内社

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)
八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

本殿内。三柱です。

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

拝殿前から

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

由緒1

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

由緒2

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

鳥居前紅葉

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)(京都府)

北参道一の鳥居

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歴史

仁寿3年の創祀。江戸期までは勧修寺の鎮守社であり、現在は小野の産土神。「吉利倶八幡宮」という名称は、かつて境内の老杉が倒れたため切断したが、切断面に梵字で「吉利倶」の3文字があったことに由来している。
 現本殿は元禄8年の建築で、大工の名から勧修寺の元禄復興の一環として再建されたみられている。その後、享保19年・安永8年に修理された記録が残る。本殿は桁行3間・梁行2間の切妻造桧皮葺で、向拝部分は享保の修理で改変されたものと推定されている。内部は内外陣の間仕切りが棟通りと一致せず、内陣には祭壇が設けられている。
 江戸中期の大型切妻平入本殿の形式をよく伝えるものとして京都市指定有形文化財に指定されている。

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八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)の基本情報

住所

京都府京都市山科区勧修寺御所内町

行き方

地下鉄小野駅より徒歩8分

アクセスを詳しく見る
名称

八幡宮(吉利倶八幡宮・勧修寺八幡宮)

読み方

はちまんぐう(きりくはちまんぐう・かじゅうじはちまんぐう)

参拝料

なし

トイレ社務所横
御朱印あり
限定御朱印なし
絵馬

あり

詳細情報

ご祭神応神天皇・仲哀天皇・神功皇后
創建時代

仁寿三年(853)

本殿

桁行三間、梁行二間で切妻造(きりづまづくり)、桧皮葺(ひわだぶき)の屋根をのせる。内部は、内陣(ないじん)と外陣(げじん)が前後に仕切られるが、間仕切の位置は棟通りと一致せず正面に寄り、内陣には祭壇が設けてある。

文化財

安土・桃山時代、1598年、当宮を崇敬した豊臣秀吉の遺命により、前田玄以(1539-1602)は金燈籠1基、大型の木造燈籠2基、神田12石を寄進した。このうち、大型の木造燈籠1基、金色釣燈籠1基、棟札が残る。

ご由緒

仁寿3年の創祀。江戸期までは勧修寺の鎮守社であり、現在は小野の産土神。「吉利倶八幡宮」という名称は、かつて境内の老杉が倒れたため切断したが、切断面に梵字で「吉利倶」の3文字があったことに由来している。
 現本殿は元禄8年の建築で、大工の名から勧修寺の元禄復興の一環として再建されたみられている。その後、享保19年・安永8年に修理された記録が残る。本殿は桁行3間・梁行2間の切妻造桧皮葺で、向拝部分は享保の修理で改変されたものと推定されている。内部は内外陣の間仕切りが棟通りと一致せず、内陣には祭壇が設けられている。
 江戸中期の大型切妻平入本殿の形式をよく伝えるものとして京都市指定有形文化財に指定されている。

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