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えんがくじ|臨済宗円覚寺派瑞鹿山

円覚寺のお参りの記録一覧
公式神奈川県 北鎌倉駅

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よしくん(ホトカミ運営代表)
よしくん(ホトカミ運営代表)
2024年01月14日(日)1044投稿

【善く生きるための良い習慣づくり@円覚寺〜布薩のススメ〜】
今日は円覚寺の横田老師のYouTubeで法話を聞いて以来、前々から気になっていた布薩(ふさつ)に参加しました。
終了後に、横田老師とお話しながらお茶もいただきました。

感想など、書いていきます(僕の解釈入りです)

布薩とは、満月と新月の日の月2回、お坊さんや仏教を大切に生きてる人たちが集まって、2週間の振り返りをして、反省する回のこと。

今回が第1回目。

100人以上の参加応募者がいたなか、抽選に当たった50名の方が参加されていました。男女比は7割女性、3割男性と意外と女性の方が多かったです。

まずは布薩の意義について教えていただきました。

簡単にいうと、「日々の行いを反省して、人格を向上していくこと。」
そういえば稲盛和夫さんも、「人間は、人格を向上させていくために生きていく」と仰ってたこと思い出しました。
(稲盛和夫さん、臨済宗のお坊さん)

ブームになって久しいマインドフルネスも悪用されて、
【兵士が迷わず任務を遂行する】【会社の利益のために無理して働く】などの手段として使われるケースもあるそうです。

しかし、仏教には、これは守ろう!という戒(かい)があります。
戒とは、そのまま戒めという意味もありますが、習慣、人柄などの意味もあります。

今回は、いろんな戒をみんなで読んで礼拝しました。

仏教の戒って聞くと、難しく思うかもしれませんが、
嘘をつかない、盗まない、悪口を言わないなど、小学生でも分かるような内容ばかりです。

それを2週間に一回みんなで振り返る回が布薩です。

以下、戒の内容を一部紹介します。
・悪いことしない
・善いことする
・世のため人のために生きる
という大原則からはじまり、十善戒(じゅうぜんかい)
■身体の行動
・生き物を殺さず、大切にする
・盗まない
・男女の道を間違えない

■言葉
・嘘つかない
・よく見せようと、盛らない
・悪口言わない
・二枚舌しない

■心
・欲に負けない
・怒らない
・諸行無常を前提に、心を正しく調える

などです。

当たり前といえば、当たり前のことばかりなのですが、
ただ、その簡単な内容も、胸に手を当てて、完璧に守れてるかというと、それぞれ考えるところがあるかもしれません。

というか、完璧に守れている人は少ないかもしれません。

でも、守れてなかったなぁという振り返りを原動力として、
次はできるように頑張って生きてこう!

そうやって、良い習慣が身につくことで、善く生きていける。
今風にいうと、幸せに生きていけるというのが、仏教のスタイルです。

日本が法治国家になる近代以前は、こうした戒が人々の生きる指針となり、社会というか共同体の秩序が保たれていたのかなと思ったりもしました。

みんなが悪口言わないようになったら、ネットも荒れないですよね。

布薩の終了後はなんと!!!!!!
横田老師とお茶をいただきながら、1時間ほどお話させていただきました。

その内容は書きませんが、円覚寺さんもホトカミ公式アカウントにご登録下さいました。

色々暗いニュースばかりが目に入る今日この頃ですが、
自分たちができること、頑張ってやっていきます!

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心無罣礙
心無罣礙
2023年08月17日(木)303投稿

臨済宗の円覚寺様をお参り致しました。

円覚寺(神奈川県)
円覚寺(神奈川県)

江島神社の弁財天様と円覚寺の宇賀神様が60年に一度お会いになる弁天大祭が行われる記念に用意された記念御朱印です

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かおり
かおり
2023年06月23日(金)1801投稿

北鎌倉駅を降りると、目の前にあるのが円覚寺。
イヤイヤ。円覚寺の為に北鎌倉駅が出来た!の認識がある。
(個人の見解でということで)
私が、円覚寺が出来た由来について知ったのは、五木寛之先生と円覚寺管長・横田南嶺氏の対談を読んでの事だった。横田南嶺氏は、若くして大本山円覚寺の管長になられたお方だが。お話しも実にわかりやすく、温和な表情が素敵だ。

と、ここで、私のつまらない文章なんぞよりも、五木寛之先生が書かれた円覚寺についての文章を一部だけ紹介したいと思う。

線路に迫るような巨木に迎えられ、駅に降り立った。北鎌倉駅のホームは、まるで山間の駅のようにのどかな印象だ。改札口を出るとすぐ左手に、線路に寄り添うようにしてひっそりと池があった。城鷺池(びゃくろち)という美しい名前だそうだ。
突然、目の前の踏切が下りて、行く手を遮られた。銀色の車体が横切っていく。昭和2年、円覚寺の寺域に北鎌倉駅が開業した。境内を横断して線路が作られたのだ。
線路が開通する以前は、線路を挟んで向かい合わせになっている東慶寺の方まで、寺領が続いていたらしい。
総門を抜けると真正面にもう1つ石段があって、その先に三門がある。奥には仏殿の屋根がかすかに見える。なんとも雰囲気のある、拡張高い建物だ。いかにも禅寺に来たという感じがする。
かつて夏目漱石もこの寺を訪れ、「門」という作品に次のように書いた。
「山門を入ると、左右に大きな杉があって、高く空を遮っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れた時、宗助は世の中と寺の中との区別を急に覚った。静かな境内の入口に立った彼は、始めて風邪を意識する場合に似た一種の寒気を催した」
この文章にある「山門」は、総門のことではないかと言われている。いずれにせよ、漱石もこの寺に足を踏み入れた時、格別の印章を持ったのに違いない。
亭々として屹立する杉木立。つつましやかに季節を彩る花々。静かな境内は確かに、漱石の言うように「世の中と寺の中との区別」を教えてくれるようだ。
円覚寺は正式な名称を「瑞鹿山円覚興聖禅寺」という。鎌倉五山の第二位であり、臨済宗円覚寺派の大本山だ。
開基は鎌倉幕府第八代執権、北条時宗。建長寺を建立した時よりの息子である。時宗は、中国・宋から新たに、高僧の誉れ高い無学祖元という僧を迎えて、円覚寺を建立した。
山号の「瑞鹿山」には、この祖元にまつわるエピソードがある。円覚寺を開く日、白い鹿が群れをなして無学の説法を聴きにきたのだという。そして、寺の土の中から「円覚経」という経典が掘り起こされたため、寺名を「円覚寺」としたらしい。
もっとも、白鹿の話は、釈迦が初めて説法を行った鹿野苑にちなんだ物語だろうとも言われている。また、円覚経という経典が、完全無欠の悟りを説いているために、その名を寺号にしたというのが通説だ。
そうであっても、高僧の教えに群れをなす白鹿の姿や地中から経典が現れると言う場面は、物語として心に残る。寺の縁起というものは、それで良いのだと思う。
こうした説話が豊富な寺には夢があり、それが寺の奥行きと陰影をなしているような気がする。
時宗は、この寺を建立するときに、いくつかの願いを抱いていた。一つは、他の権力者と同じように鎮護国家を願った。国家の安泰を祈願したわけだ。
そして、戦没者の鎮魂の祈りもこめた。「円覚を造りて、以て幽魂を救う」という時宗の言葉が残っている。二度に及ぶ蒙古襲来の際、戦死したり、溺死した数万の兵士を、敵味方関係なく、魂の救済を祈願して祀った。

三門を抜けて仏殿へ向かう。仏殿の正面に立った時、ああ、日本に出会ったなよいう思いが込み上げてきた。
中国から僧を招いて建立したこの寺に、古い中国に出会ったような印象を抱くならなんの不思議もない。だが、これぞ日本だなあという感じがするのはなぜだろうか。おそらく、外国から入ってきた文化が、長い時間を経て日本人の胃袋で消化され、日本の風土や文化とうまいぐあいに絡み合って醸成され、独特の雰囲気を作ってきたからだろう。
このように外国の文化と在来の文化や風土がミックスして出来上がってきた日本と言うものこそが、本当の日本ではあるまいか。

三門の南側にある、帰減院という塔頭を訪ねてみることにした。仏殿の脇の坂を登って行く。とても静かだ。カラスの声に混じって、都会ではもう聞かれなくなったトンビの鳴き声も聞こえる。
夏目漱石は、この帰源院に逗留して座禅の修行をしていた。庭の片隅に漱石が詠んだという句碑がある。

仏性は白き桔梗にこそあらめ

桔梗は、山地や草原に自生する雑草で、夏から秋にかけて茎の先端に可憐な花を咲かせる。紫の花を目にすることが多いが、白い花もとても美しい。

天気予報通りに、少し青空が顔を出した。しかし、早春の鎌倉は、やはり寒い。漱石がこの場所に逗留したのは12月の終わりから正月にかけてだそうだから、寒さはさらに厳しかったろう。
円覚寺に惹かれた文学者は、夏目漱石だけではない。島崎藤村、有島武郎から始まって、川端康成も足しげくこの寺に通っていた。
鎌倉と言う場所が、文化人を惹きつけたのはなぜだろうか。
漱石が円覚寺で参禅したのは27歳の頃だが、当時は神経衰弱気味だったという記録が残されている。いまでいえばノイローゼであろう。漱石が生きた時代を考えれば、その心境はわかるような気がする。
明治維新からの日本では、文明開化が嵐のように進んでいった。そして、日清、日露と立て続けに大戦争が起きる。多くの日本人が自分の足元に不安を感じたのも当然だ。
和魂洋才というキャッチフレーズのもとに、伝統文化をなにもかも捨ててしまったのだ。実際は、無魂洋才である。心のよりどころが何もない。
文化人や作家たちはそのことに思い悩んだだろう。そうした苦悩する文化人たちが、進むべき道を見出すための場所として鎌倉があったのではないかと思う。

私が個人的に気に入ったのが、舎利殿の前にある佛日庵だ。そこでは、北条時宗が祀られている。
又、抹茶を頂きながら、四季折々の樹々を観る事が出来る。
抹茶を飲みながら、静かに日本の季節を味わう。
五木寛之先生ではないが、本当に日本を感じる。
そういえば、お茶だって、中国だかインドだかから来たものではないのか?
それが、今では日本文化だ。

現代社会は、明治維新と同じくらい、グローバルだのなんだのと外国に真似をする傾向があるような気もする。LGBTしかり、外国人労働者受け入れしかり。
明治の人たちが円覚寺に救いを求めたように、開かれた禅寺を求める人が増えてくるかもしれない。

そして、1日も早く、オンラインではなく、お寺の中での参禅会、法話会を臨むのであった。

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