みぞのくちじんじゃ
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楽しみ方溝口神社のお参りの記録一覧
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Jリーグも残りあと4試合。南武線を途中下車して溝口神社にお参りしました。
今シーズンが始まってすぐ、ちょうどWBCの興奮冷めやらぬ頃、同じ溝の口の宗隆寺に参拝したのですが、このお寺のすぐお隣が溝口神社でした。気づかなかった💦😅
秋の気持ちの良いお天気の中、七五三参りの方がわんさか。サッカーのユニフォーム姿の私は浮きまくりです。
日頃の感謝ともうすぐ始まる私の繁忙期が無事乗り越えられること、家族の健康をお願い致しました。
こちらの狛犬さん、鞠だと思われるものをお持ちです。これは運がいい、今日の試合は勝てるかな⚽と高まりましたが、そう上手くはいきませんでした。愚痴が長くなるといけないのでこの辺で。
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23.06.21。先の宗隆寺さんから徒歩3分の同じく旧大山街道沿いに鎮座。
御祭神 天照皇大神
創建年 不詳
社格等 旧村社
例祭日 9月15日に近い日曜日
(令和5年は9月9日)
【由緒沿革】〜当社HPより〜
神社の創立年代は定かではありませんが、神社保存の棟札によれば、宝永5年(1709年)武州橘樹郡稲毛領溝口村鎮守、赤城大明神の御造営を僧・修禅院日清が修行したと記されております。江戸時代は神仏習合によりまして、溝口村の鎮守・赤城大明神と称されております。
明治維新後、神仏分離の法により、溝口村(片町・上宿・中宿・下宿・六軒町・六番組)の総鎮守として祀るべく新たに伊勢神宮より御分霊を奉迎し、御祭神を改め溝口神社と改称、更に明治6年(1873年)村社に指定されました。
川崎の安産・子育て・縁結び・家内安全で知られ、「川崎の祈願所」との由です。平日の午後2時頃でしたが、疎らながらも参拝者は続いて来られていました。境内はすべてにおいて整理が行き届いておリ、気持ち良く参詣できました。
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神社の創立年代は定かではないが、神社保存の棟札によれば、宝永五年(1709年)武州橘樹郡稲毛領溝口村鎮守、赤城大明神の御造営を僧・修禅院日清が修行したと記されており、江戸時代まで神仏習合にて、溝口村の鎮守・赤城大明神と親しまれ、社名を赤城社と称していた。
明治維新後、神仏分離の法により、溝口村・下宿・中宿・上宿・六軒町・六番組の各部落を統合、総鎮守として祀るべく新たに伊勢の神宮より御分霊を奉迎し、御祭神を改め溝口神社と改称、更に明治六年(1873年)幣帛共進指定村社に列せられた。
今日では、伊勢神宮の分霊社として、川崎市内で最も尊い神社の一社として広く信仰を仰いでおり、開運・厄除けをはじめ安産・子育て・縁結び・家内安全の御利益で広く知られております。(境内の掲示より)

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