かしまじんぐう
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鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市にある神社。式内社(名神大社)、常陸国一之宮。旧社格は官幣大社、現在は神社本庁の別表神社。東北・関東を中心に全国に約600社ある鹿島神社の総本社。香取神宮(千葉県香取市)、息栖神社(茨城県神栖市)とともに「東国三社」と呼ばれる。また、毎年元旦の早朝、天皇陛下が歳旦祭の前に行う「四方拝」で遙拝される一社。御祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)。
社伝によると、創建は初代神武天皇元年(紀元前626年)。古代において、鹿島神宮は香取神宮とともに、大和朝廷による東国支配・蝦夷平定の拠点として機能したとし、朝廷が両社を祀ったのが始まりとする説がある。
奈良時代には、藤原氏が鹿島社と香取社を氏神として強く崇敬した。
平安時代には、927年成立の『延喜式神名帳』において常陸国鹿島郡に「鹿島神宮 名神大 月次新嘗」と記載があり、式内社(名神大社)に列し、月次祭・新嘗祭では幣帛に預かっていた。なお、延喜式神名帳で「神宮」の称号で記載されたのは、伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮の3社のみ。また常陸国において一之宮に位置づけられるようになった。
中世以降においては、御祭神が武神として崇敬されたことから、武家の信仰が篤く、鎌倉幕府・源頼朝、から寄進があり、江戸幕府・徳川家康からは朱印地が下賜され、その後1605年に家康により本殿造営、1619年に徳川秀忠により現在の社殿一式、1634年に徳川頼房により楼門等が造営された。
当社は、JR鹿島線・鹿島神宮駅の東方1kmの、平地にある丘の上にある。車だと東関東自動車道の終点・潮来ICから7km。境内の広さは70万㎡で東京ドームの15倍。境内の造りの特徴は、東向きの参道に対し、社殿が右手にあり北を向いていること(古の蝦夷防衛のためともいわれている)、社叢がとにかく広いこと。
参拝時は平日の午後一、「東国三社巡り」の2社目として参拝。コロナの猛威が広がりつつあったが緊急事態宣言までには至っていなかったため、参拝客はけっこういた。
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