さんのみやじんじゃ
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楽しみ方三宮神社のお参りの記録一覧
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三宮神社は神戸市中央区にある神社です。
6月に入って最初の休日でしたが 散策&参拝する時間がほぼとれませんでした。
まったく参拝できないのは心が静まらない ということで 夕刻でしたが元町に買い物に出た際に寄らせていただきました。
元町大丸のすぐ前に鎮座されていて 大丸に来た時には上がらせていただいています。
鳥居から先には入れなかったので 外から参拝し 写真を撮らせていただきました。
鳥居も玉垣も石柱もとても新しいものですが 裏から見ると古い玉垣や狛犬を見ることができます。
三宮神社は 明治維新当時の「神戸事件発生の地」として知られ 事件が起こった時代と同年代に使用されていた大砲が 鳥居をくぐって左手に置かれています。
けっこう大きなサイズの大砲です。
境内社も複数あり 拝殿前には干支と方角を刻んだ石板が埋め込まれています。
ちなみに御朱印がいただける時間が日によって違い また短いので 御朱印をいただきたい方は要注意です。
ネット情報です。
主祭神は湍津姫命
札所は生田裔神八社
三宮神社(さんのみやじんじゃ)は 兵庫県神戸市中央区三宮町に鎮座する神社。
生田神社の八柱の裔神を祀った一宮から八宮までの神社(生田裔神八社)の中の三柱目に当たり 湍津姫命たきつひめのみことを祭神として祀っている。
当社は 現在の神戸の中心市街地である「三宮」という地名の由来にもなっている。
三宮神社は 国際港都神戸市の最も中心をなす繁華街に 港を前にひかえて鎮座ましまし 祭神として天照大御神の御子である女神を祀り 航海交通の安全と商工業の繁栄を守り給う神として 又 知恵授けの神として古来より一般の崇敬厚い神社である。
創祀の年代は古くして極め難く古記録も欠けているが 神社には享保17年(1732年)の銘ある手水鉢や 寛延元年(1748年)の銘ある石灯籠が存在している。
慶応4年(明治元年1868年)には 三宮神社前において 岡山藩(備前藩)兵と外国兵の衝突が発生した。
備前藩兵が隊列を横切った外国人に対してフランス人水兵を負傷させたことにより銃撃戦に発展した。
明治元年1月11日(旧暦)に三宮神社前で突発した神戸事件のとき 外国兵との交戦に 備前の藩兵は3門の大砲をひきいて応戦した。
その事件が起きた場所が三宮神社の前だったのだという。
明治政府初の外交事件となったこれを 神戸事件あるいは備前事件と呼ぶ。
そして 英・仏・米の連合軍が居留地を制圧する事態に発展します。
新政府は動揺しつつも各国と交渉し 条約の継続遵守と外国人保護を約束。
発砲命令を出した滝善三郎を切腹させ 謝罪をもって信頼回復を図りました。
切腹させられた隊長さんがかわいそう。



神戸市中央区三宮町にある神社。
ビルに囲まれた場所にあるこの神社は生田裔神八社の三柱目にあたる市杵島姫を祀る神社です。
駅名にもなっている三宮町はこの神社が由来です。
幕末にはこの神社の前で明治新政府が取り扱った初の外交問題となった神戸事件が発生しました。
備前藩兵が隊列を横切ったフランス兵を無礼討ちとして斬りつけ銃撃戦に発展した神戸事件では、激昂した欧米列強が居留地防衛を名目に神戸中心部を占領する事態となり抵抗する力の無い新政府は欧米側からの斬りつけた滝善三郎正信の処刑等の要求を全面的に受け入れるしかありませんでした。
その際政府側は滝に切腹を命じ欧米の外交官達に立ち会ってもらい日本の武士の「SEPPUKU」を見届けさせました。
場合によっては神戸が香港の様な植民地になっていたかもしれない大事件でした。
小さな境内ながら社殿や手水舎はとても風格があります。
神戸事件当時に備前藩が欧米との交戦で使用した大砲が今も残されています。
他には一ノ谷の戦いで討死した河原兄弟を祀る河原霊社がありました。
この神社が今回の旅行で最後の参拝。
小豆島や岡山を楽しく怪我なく巡れた事への感謝を御報告して無事に北海道へ帰れるよう祈願してきました。
その後神戸空港から北海道へと無事戻れました。


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