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三宮神社のお参りの記録一覧
兵庫県 旧居留地・大丸前駅

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らんでぃー
らんでぃー
2022年06月25日(土)388投稿

再び、JR三宮方面に戻り、生田裔神八社の中の三柱目、三宮神社に向かいます。 トアロードの南端、神戸大丸の斜向かいに社を構え、湍津姫命(たきつひめのみこと)を祭神として祀っています。小さな境内ですが目を引くのは、慶応4年(明治元年・1868年)に起こった「神戸事件」の舞台となったことを記す説明板で同年代製の大砲も参考に置かれていました。 「神戸事件」は明治政府初の外交問題となった事件で、戊辰戦争に於いて摂津西宮(現・西宮市)警護に向かう途中であった備前藩兵(現・岡山県)の隊列が三宮神社近くに差しかかった時、制止を聞かず(言葉が通じず)前を横切ろうとしたフランス人水兵らに無礼討ちを行い、傷を負わせたことが発端で、欧米諸国公使らに威嚇射撃を加えるまでに発展した事件です。 事件後、列強諸国は居留地(外国人居留地)防衛の名目をもって神戸中心部を軍事占拠し、兵庫港に停泊する日本船舶の拿捕、日本在留外国人の身柄の安全保証と当該事件の日本側責任者の厳重処罰を要求します。 明治新政府は動揺し、直ちに参与兼外国事務取調掛・東久世通禧(ひがしくぜみちとみ)を勅使として神戸に派遣、明治新政府への政権移譲を表明したうえで幕府が幕末までに結んだ条約を新政府も遵守すること、さらには日本在留外国人の安全確保などを誓約します。 当該事件の日本側責任者の厳重処罰(すなわち処刑)に関しては、期限ギリギリまでの助命嘆願の交渉を行うも、結局は諸外国側の要求を受け入れざるを得ず、備前藩士・滝善三郎正信はその責を一身に負い、神戸永福寺にて各国士官立ち合いの面前で見事な切腹を果たし事態は決着を見ることとなります。 「神戸事件」はその問題の行方によっては薩英戦争同様の事態を招いた可能性もあり、また場合によっては神戸自体が当時の香港や上海のように列強の理不尽な植民地支配下に置かれる事態も起こり得たことから、滝一人の犠牲によって危機回避がなされたことは日本外交史上において重大な出来事であったと言えます。 この裁定により切腹を命じられた備前藩士・滝善三郎正信の供養碑は同じ兵庫県にある永福寺(太平洋戦争にて焼失し現在は同市内の能福寺)に置かれています。
三宮神社に訪れたのは午後1時前でしたが、社務所の対応は1時30分からとなっており、思いがけずタイムロスをすることとなります。 再開時間まで待って御朱印を拝受しようとお願いしたところ、びっくりするぐらいのぞんざいな対応でした。 心が折れそうになりながら次の四宮神社を目指します。

三宮神社の鳥居

三宮神社・鳥居

三宮神社の手水舎

三宮神社・手水舎

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ねむのき
ねむのき
2020年10月07日(水)785投稿

【三宮神社】

三宮神社のその他建物

参拝されている人々がいらしたので
本殿の写真は遠慮しました。

三宮神社の狛犬
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