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ふくしょうじ(すまでら)|真言宗須磨寺派上野山

福祥寺(須磨寺)

公式兵庫県 須磨寺駅

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078-731-0416

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

神仏霊場巡拝の道
真言宗十八本山霊場第2番札所、新西国三十三箇所霊場第24番札所、摂津国八十八箇所第88番札所、
神戸七福神霊場・福禄寿、神戸六地蔵・客番
神戸十三仏霊場第11番札所、神仏霊場巡礼の道第72番、福原西国観音霊場第7番札所

ご利益

福祥寺(須磨寺)について

平敦盛ゆかりの寺


一ノ谷の戦いで討死した平敦盛の首塚(五輪塔)があり、首をとった熊谷直実が菩提を弔うために建立したと伝わる。敦盛の遺愛の笛「青葉の笛」が宝物館で展示されている。

おすすめの投稿

Takashi Shimo…
2021年04月22日(木)
1232投稿

真言宗須磨寺派大本山。神仏霊場巡拝と新西国三十三箇所巡りにて参拝させて頂いております。

源平合戦の地にあるため、平敦盛と熊谷次郎直実の銅像があります。子供のころは「侍の鎧、カッコええな~!」ぐらいにしか思っていませんでした。

そんななか、信長が好んで舞ったとされる「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」で有名な能の「敦盛」が平敦盛と知ったときの驚きたるや。

鎌倉仏教は末法思想から生まれましたが、その末法の世こそ源平合戦に体現されています。

鎌倉新仏教であり日本オリジナルと言える浄土宗の開祖、法然さんに弟子入りしたのが、その平敦盛を泣く泣く手にかけた熊谷次郎直実と知り、さらに驚きました。

浄土宗や浄土真宗は世界の信仰の中でも「無条件の救済」のレベルが高い信仰体系になります。

それはすなわち、人が人であることが難しかった時代に生まれた信仰の特徴を表しています。それゆえ自分の手を若者の血で汚した直実のような「殺人者」の苦悩すら救済すべく「南無阿弥陀仏」という一点突破を法然さんがされたことに大きな意味があります。

たとえ比叡山から追われても「既存の仏教では救われない人々を救う」という法然さんの慈悲より起こる不屈の気迫が「南無阿弥陀仏」に宿っているように思えてなりません。

そして直実をはじめどれほど多くの人が法然さんに救われたのかは、その後の浄土信仰の隆盛をみるに容易に想像ができます。

福祥寺(須磨寺)の庭園福祥寺(須磨寺)の本殿福祥寺(須磨寺)の像福祥寺(須磨寺)の狛犬福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)(兵庫県)福祥寺(須磨寺)の動物福祥寺(須磨寺)(兵庫県)福祥寺(須磨寺)の山門福祥寺(須磨寺)の歴史福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の手水福祥寺(須磨寺)の手水福祥寺(須磨寺)(兵庫県)福祥寺(須磨寺)の本殿福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の絵馬福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)(兵庫県)福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)(兵庫県)福祥寺(須磨寺)(兵庫県)福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の狛犬福祥寺(須磨寺)の狛犬福祥寺(須磨寺)の建物その他
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きどっち
2021年06月22日(火)
771投稿

真言宗須磨寺派本山
正式名は、上野山福祥寺

5月初めにも参拝させていただきましたが、前回回れなかった
奥の院を今回はメインに参拝させていただきました。

駐車場に車を停め、そのまま奥の院への参道へ。
通常ならこの時期は蚊が多くて大変なのですが、この日は直前まで
雨が降っていたためか、蚊が飛び回る前に参拝できてラッキーでした。
奥の院への参道には、十三佛・七福神巡り(通称 お山巡り)があり、
全てお参りすると約30分ほど。
ただこの日は途中渋滞に遭ったため、駐車場についたのが2時30分。
駐車場の閉門は4時。
さらにコロナの影響か、寺務所は3時まで!(そんなの聞いてない!)

ということで、もうダッシュで奥の院に続く緩やかな階段を上り
弘法大師様にお参り後、もうダッシュで階段を駆け下り、御朱印を
いただくため寺務所へ。
滝のような汗をかきながら御朱印をお願いすると、快く引き受けて
くださり、パンフレットもしっかり戴きました。
須磨寺の御朱印帳を使用しているため、「もう既にお持ちだと
思いますが」と笑顔でお坊様に差し出され、有り難く頂戴しました。

いつ訪れてもゆったりした時間が流れており、とても落ち着くのですが、
私自身ゆとりを持ってお参りしなければと反省したところです。

※今回は写真が多いため、本堂の写真は控えました。

福祥寺(須磨寺)の建物その他

奥の院
宗祖弘法大師様が祀られています
毎週日曜日にお勤めがあるようなので、日曜日にお参りしたかったのですが
どうしても外せない用事があったため、土曜日のお参りでした

福祥寺(須磨寺)の像

奥の院の弘法大師様

福祥寺(須磨寺)の末社

奥の院のすぐそばにあるお稲荷様1

福祥寺(須磨寺)の末社

奥の院のすぐそばにあるお稲荷様2

福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の仏像

波切不動明王

福祥寺(須磨寺)の末社

七福神巡りの一つ 弁財天
慌ただしいお参りでスミマセンでした!

福祥寺(須磨寺)の建物その他

十三佛巡りの一つ 虚空蔵菩薩

福祥寺(須磨寺)の地蔵

奥の院参道途中のお地蔵様

福祥寺(須磨寺)の建物その他

十三佛・七福神巡り(通称 お山巡り)の案内看板

福祥寺(須磨寺)の動物

階段を駆け下りる途中、危うく踏んづけちゃうところでした。

福祥寺(須磨寺)の建物その他

庫裏

福祥寺(須磨寺)の芸術

庫裏の彫刻 朱雀

福祥寺(須磨寺)の芸術

庫裏の扉(左)の彫刻 降龍
写真は撮っていませんが、扉(右)には昇龍の彫刻がありました

福祥寺(須磨寺)の建物その他

書院

福祥寺(須磨寺)の建物その他

書院前 石灯籠と歌碑(真鍋豊平)

ひとすじに こころこめたる ことなれば
ちよのしらべも たえじとぞおもふ

福祥寺(須磨寺)の自然福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の建物その他福祥寺(須磨寺)の地蔵

わらべ地蔵(左半分)
左から
1「ナニ?ナニ? なんやてぇー?」
2「ふーむ、さて、どないしたらええのやろ?」
3「そうそう、やっぱり一生懸命拝んで見るこっちゃ」

福祥寺(須磨寺)の地蔵

わらべ地蔵(右半分)
左から
4「ほら、ええお知恵をさずかった。
  この教えを宝物にして大切に守って行こう」
5「さー、見事、解決」←ひそかにピースしてる・・・
6「ヤレヤレ、一つかたずいた」

福祥寺(須磨寺)の建物その他

七福神マニコロ

福祥寺(須磨寺)の建物その他

八角堂
経木供養所です

福祥寺(須磨寺)の建物その他

大師堂

福祥寺(須磨寺)の建物その他

大師堂前の童子
つい可愛らしくて、撫で撫でしてしまいます

福祥寺(須磨寺)の末社

ひとすじ辨天社

福祥寺(須磨寺)の建物その他

ひとすじ辨天社の扁額

福祥寺(須磨寺)の末社

出世稲荷

福祥寺(須磨寺)の建物その他

五猿
見ざる、言わざる、見てござる、聞かざる、怒らざる

見てござるとは、仏さまはいつも私たちの良い行いも
悪い行いも見ていますよということらしいです

福祥寺(須磨寺)の地蔵

お助け地蔵尊

福祥寺(須磨寺)の芸術

駐車場の階段踊り場に掛けられていた画 part1

福祥寺(須磨寺)の芸術

駐車場の階段踊り場に掛けられていた画 part2

平敦盛と熊谷直実の一騎打ちの様子でしょうか

福祥寺(須磨寺)の芸術

駐車場の階段踊り場に掛けられていた画 part3

福祥寺(須磨寺)の景色

最後は駐車場から須磨の海を望みながら
また来まーす

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歴史

須磨寺略歴縁起(寺蔵)によれば、兵庫区和田岬の海中より出現し給える聖観世音菩薩像を安置するために、淳和天皇の勅命により、兵庫区会下山に、恵偈山北峰寺が建立された。
後に、仁和二年(AD886)に、光孝天皇の勅命により、聞鏡上人が現在の地に上野山福祥寺を建立し、北峰寺より聖観世音菩薩像を遷し、本尊としてお祀りしたのが、当山の開基と伝えられる。
南北朝時代から江戸時代にかけて歴代住職が書き継いだ、当山歴代(県指定文化財)によれば、本尊聖観世音は嘉応元年(AD1169)源頼政が安置したとある。

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福祥寺(須磨寺)の基本情報

住所兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4-6-8
行き方

市バス「天神下」下車北へ12分
JR「須磨駅」下車 北へ12分
山陽、阪神、阪急電車 「須磨寺駅」下車 北へ5分

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名称福祥寺(須磨寺)
読み方ふくしょうじ(すまでら)
通称須磨寺
参拝時間

8:30~17:00

参拝料

なし

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号078-731-0416
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.sumadera.or.jp/
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩
山号上野山
宗旨・宗派真言宗須磨寺派
創建時代886年(仁和二年)
開山・開基聞鏡上人
札所など

真言宗十八本山霊場第2番札所、新西国三十三箇所霊場第24番札所、摂津国八十八箇所第88番札所、
神戸七福神霊場・福禄寿、神戸六地蔵・客番
神戸十三仏霊場第11番札所、神仏霊場巡礼の道第72番、福原西国観音霊場第7番札所

文化財

木造十一面観音立像,普賢十羅刹女像,福祥寺本堂内宮殿及仏壇(国指定重要文化財)
木造不動明王立像,石造十三重塔,鰐口,当山歴代二巻(県指定重要文化財)

ご由緒

須磨寺略歴縁起(寺蔵)によれば、兵庫区和田岬の海中より出現し給える聖観世音菩薩像を安置するために、淳和天皇の勅命により、兵庫区会下山に、恵偈山北峰寺が建立された。
後に、仁和二年(AD886)に、光孝天皇の勅命により、聞鏡上人が現在の地に上野山福祥寺を建立し、北峰寺より聖観世音菩薩像を遷し、本尊としてお祀りしたのが、当山の開基と伝えられる。
南北朝時代から江戸時代にかけて歴代住職が書き継いだ、当山歴代(県指定文化財)によれば、本尊聖観世音は嘉応元年(AD1169)源頼政が安置したとある。

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