だてじんじゃ
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楽しみ方伊達神社のお参りの記録一覧
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ご遙拝をさせて頂きまして、御朱印を拝受しました。
8月の内からSNSで拝見した、9月の「重陽の節句」にちなんだ「菊デザイン」の御朱印をお願いしました。
伊達神社さまから、「確認の電子メール」も来た位です。
本当なら「1日」の「朔日参り」に、お詣りさせてもらいたく思っていました。
ワタシにとっては、ただの「ご遙拝」ではないのです。
ワタクシこと、平成12(2000)年3月31日の「有珠山噴火」の時、まだ現役の役人でした。
4月初め、所属していた倶知安町の出先事務所から、「支援隊第1弾」として派遣されました。
行き先は、豊浦町に一時移転していた、虻田(あぶた)町役場(合併後の「洞爺湖町」)の「災害対策本部」です。
噴火による地殻変動で、道路や鉄道などが寸断された、室蘭市の出先事務所より早く到着しました。
支援側とは言っても、避難者の避難先を逐一データーベースに朝から晩まで入力し続けたり、板の間の床に毛布にくるまって寝たりなど、厳しい毎日を過ごした記憶があります。
当時は、被災者の方の中で、虻田町周辺の、「伊達市」などの縁者の方の家へ避難する方が大勢いらっしゃいました。
被災者の皆様は、自動車の中で寝泊まりしたり、肉体的にも精神的にも、非常に苦労なされたと聞いています。
近年、ワタシは自身にご縁がある・あった(新旧氏神さまや、先の大戦で戦争に行った親戚関係)などや。
あるいは自分が関わりのある「被災地」(「有珠山噴火」や「胆振東部地震」)などの、寺社仏閣を行脚しているところです。
しかし、昨今の状勢から、なかなか直接お詣りする事ができません。
札幌からオートバイで釧路へお詣りに行く途中の交通事故と、厚真での農作業で右手首を痛め、オートバイの運転どころでは無くなりました。
北海道内の「新型コロナ第7波」も、まだまだ落ち着く気配がありません。
先日の、釧路の「厳島神社」さま、帯広の「帯廣神社」さま、「十勝護国神社」さまのお詣りと、状況が変わりました。
「有珠山」周辺の、寺社仏閣さまにさえ、ささやかな祈りをさせて頂く事さえできなくなりました。
話は変わりますが、最近は「有珠山」の活動も、活発になって来ています。
伊達神社さまにおかれましては、安直な「ご遙拝」で済ませてしまいました。後ろめたさを感じます。
少しでも「有珠山」近隣住民の方皆様が、安らかな生活を送れるよう、お祈りしつつ御朱印を拝受しました。





伊達神社🌻夏詣
7月18日家族の大事に向け〜短冊に願いをこめて🎋
境内は、夏詣のワクワクする飾り付けがされていました✨
花手水に花水鉢も綺麗に飾られ、沢山の風鈴と風車も涼しげで素敵でした。
夏詣での御朱印も、お書き入れくださいます😊書置きだと思っていたので、喜びアップでした!
明治神宮から贈らるた『どんぐりの木』
どんぐりの実が沢山できる日はいつかな〜
『主 祭 神』
武甕槌神、経津主神、幸魂神
『配 神』
伊達邦成命、田村顕允命
『御由緒』
明治2年、伊達邦成公(旧藩主)は北海道有珠郡支配を命ぜられ、宮城県宇田、亘理両郡の旧臣を率いて当地に移住し開墾の業を進めた。
明治6年まで移住者が相次ぎ、ついに500余戸に達した。明治8年7月(同6年願い済み)時の開拓使伊達邦成公が北海道有珠郡開拓と北門鎮護の守護神として旧磐城国亘理郡鎮座、延喜式内社鹿島天足和気神社の御分霊を勧請し神殿を建立。
明治9年4月8日には、伊達邦成公自ら祭主となり、開拓使主典田村顕允公が副祭主とし、祠官黒野時中奉仕により遷座祭を執行された。




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