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はっさむじんじゃ

発寒神社

北海道 発寒中央駅

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011-661-3973

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御朱印について
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御朱印帳
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あり

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めいみー
2021年10月21日(木)
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本日の神社巡りの一社目。先日手稲神社から新川インターに抜ける際にナビでこちらの前を通るルートに誘導され、こりゃまたお稲荷さんに呼ばれたかな〜と思ったので、友人との神社巡りの目的地に選びました。旧暦の15日詣です。

お詣りし終わる頃、どこからともなくいい匂いが。駐車場横の石窯ピザ&カフェ屋さんからでした。朝食抜きの私達、匂いに誘われて開店10分前の店の前をウロウロしてたら、店主さんがわざわざドアを開けて招き入れてくれました。外観は入り口付近に手を加えた何の変哲もない四角い箱ですが、中に入るとカウンター周りを中心に本格的なイギリスのパブ風。でも、小上がりにテーブルを寄せたお子様連れ優先席があり、絵本やおもちゃもあります。キョロキョロしながら開店の11時を待って早速オーダー。メニューこそ少ないものの絶品&コスパも最高のピザで、個人的には久しぶりに美味しいトニックウォーター&ライムにもありつけて大満足。近所に住んでたら絶対に行きつけになりそう。いい店に引き合わせてくださったお稲荷さんに感謝です。神社のレポより食べ歩きレポみたいになってしまいましたが、お詣りの際はぜひこちらのお店とセットでどうぞ🤗

発寒神社の鳥居発寒神社の歴史発寒神社の本殿発寒神社の狛犬

四角い石から彫り出しました感が漂う、顔が直角の狛犬さん。尻尾も絶壁です。

発寒神社の狛犬

相方さんはいい笑顔。

発寒神社の建物その他

馬頭観音がこんなに沢山。

発寒神社の食事

お隣の看板はカフェとピザとなっていましたが、酒瓶が並び、冷蔵庫型のワインセラーもありました。

発寒神社の建物その他

手前左は小上がり。

発寒神社の食事

直径27センチの薄生地のピザは塩味が効いていてお酒にもあいそうです。ピザ1枚につき1ドリンク200円引きになったので、2人でピザをシェアしてそれぞれソフトドリンクを頼んでも2人で1,500円でした。

発寒神社の授与品その他

一粒万倍日に洗ったコインを入れておきたくて求めたお守り。撤饌米は御朱印についてきたようで、書き置き対応で袋ごといただいたため、後から気付きました。

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歴史

安政3年(1856)蝦夷地開発の幕命を帯て、山岡精次郎主計守以下17名この地に移住、稲荷社を創建して祭祀を篤くし、北辺開明の基をひらく。明治8年(1875)、北海道屯田兵の第1陣として、32戸この地に入植されるや社運愈々興り、明治31年12月宗祖と崇められる伊勢大神宮より、豊受大神の分霊を拝賜、同32年3月神社明細帳に記載。同36年1月北海道石狩国札幌郡発寒村稲荷神社から、発寒神社と改称、北海道庁長官より認可される。尚当境内地に古代遺跡(10世紀前後)の墳墓及環状列石(ストーンサークル)がある。
 

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発寒神社の基本情報

住所北海道札幌市西区発寒11条3丁目1番33
行き方

 JR函館本線発寒中央駅下車徒歩3分

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名称発寒神社
読み方はっさむじんじゃ
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号011-661-3973
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.hassamujinja.com/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神豊受大神(とようけのおおかみ)
倉稲御魂大神(うがのみたまのおおかみ)
ご由緒

安政3年(1856)蝦夷地開発の幕命を帯て、山岡精次郎主計守以下17名この地に移住、稲荷社を創建して祭祀を篤くし、北辺開明の基をひらく。明治8年(1875)、北海道屯田兵の第1陣として、32戸この地に入植されるや社運愈々興り、明治31年12月宗祖と崇められる伊勢大神宮より、豊受大神の分霊を拝賜、同32年3月神社明細帳に記載。同36年1月北海道石狩国札幌郡発寒村稲荷神社から、発寒神社と改称、北海道庁長官より認可される。尚当境内地に古代遺跡(10世紀前後)の墳墓及環状列石(ストーンサークル)がある。
 

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Wikipediaからの引用

概要
発寒神社、發寒神社(はっさむじんじゃ)は、北海道札幌市西区発寒11条3丁目1番33にある神社。道路を挟んだ向かいには札幌市立発寒小学校がある。 祭神は豊受大神(とようけのおおかみ)と倉稲御魂大神(うがのみたまのおおかみ)。 境内には1857年(安政4年)に旗本20人が入植したことを記念した発寒移住記念碑と、1876年(明治9年)に屯田兵32戸が入植したことを記念した発寒屯田兵移住百年記念碑の2つが建っている。 また、境内には復元されたストーンサークルもある。現物の遺跡は10世紀前後のものと推定され、さらにその場所に後代の墓が重複した「二重墳墓」となっていた。
歴史
歴史[編集] 記念碑の記述と異なる年代もあるが、参考資料のママとする。 1856年(安政3年)、幕府の命を受けた山岡精次郎らが開拓に訪れ、稲荷社を創建する[1]。 1875年(明治8年)、屯田兵32戸が入植し発展を遂げる[1]。 1898年(明治31年)12月、伊勢大神宮より豊受大神の分霊を受ける[1]。 1899年(明治32年)3月、神社明細帳に記載される[1]。 1903年(明治36年)1月、それまでの石狩国札幌郡発寒村稲荷神社から、発寒神社と改称する[1]。 1932年(昭和7年)11月、二重墳墓が発掘される[2]。 ^ a b c d e 引用エラー: 無効な タ...Wikipediaで続きを読む
引用元情報発寒神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%99%BA%E5%AF%92%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=89446905

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