めいのはますみよしじんじゃ
姪浜住吉神社公式福岡県 姪浜駅
授与所:9時~17時
ご祈願を御希望の際は事前にお電話もしくは授与所にてご予約下さい。
御朱印 | |||
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限定 | |||
御朱印帳 | |||
駐車場 | 駐車場あり
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神話の昔、小戸の檍原(海岸)で伊册那岐の大神(住吉三神の父神)が禊(ミソギ)をされる時、波が荒れて困っていたところに河童が現れて波静かな所へ案内して導いていき、神様が安全に禊をされ、流れ落ちる滴(しずく)から住吉三神を始め多くの神々が生誕され神様も大変喜ばれました。これを知った人々はとても御神徳の高い河童ということで河童面をお守りとして祭るようになりました。
河童面はこの伝承に基づくもので、掛ける所によってご利益が変わると云われております。
クイズ・ミリオネアで全問正解して1千万円獲得できましたのも、この河童面をお祀りしていたおかげだと感じております。皆様もどうか、開運されますように。
姪浜住吉神社に初めてお参りしました。
大きなイチョウの御神木が、陽の光を受け黄金色に輝き、とてもきれいでした✨
社務所のインターホンを押しましたが、御不在の為御朱印は頂けませんでした。
参拝後に拝殿前でうさぎのおみくじを引いて帰りました🐰
中吉でした😌
神話の昔、波が荒れて海岸でみそぎをできずに困っていた神を波静かな安全な所に河童が導いたといういわれによるとのこと。例年ならば、露店が出てなかなか賑やか。残念ながら今年はコロナ禍で露店も総踊りも中止。
河童祭り限定の御朱印
500円お納めしました。
博多人形の河童面も売っています。今年は購入していません。
年間行事
1月1日 元旦祭
1月3日 玉競祭
1月14日 御扉開祭
2月3日 節分祭
4月第1週目の日曜日 小戸大神宮大祭(兼務神社の小戸大神宮にて)
6月2・3日 河童祭
7月12日 祇園祭
7月30・31日 夏越祭
9月14日 弁財天祭
10月後半 秋祭り・御神幸祭
11月中 七五三祭
姪浜住吉神社祭神は、家内安全・海上安全・交通安全・開運・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛の御神徳があります。
住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉明神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国 船来襲の調伏祈願の折にご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭りしたことによります。
くだって室町時代の応永二十三年(西暦一四一六年)正月十四日夜の 御神託により、翌年八月二十九日に牛頭社地(現、住吉神社)で新社建 立・ご遷座の儀式を終え、ここに住吉三神は牛頭社(現、須賀神社)と相並んで、当地の産土神として尊崇されるようになりました。
住吉三神は、『日本書紀』神代巻には、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の檍原(あわぎはら)で、 御身の濁穢(けがれ)を禊祓われた時に出生された神と記されています。
内書巻九や『古事記』によると、神功皇后が応神天皇を胎内に宿したまま新羅に遠征された折り、住吉三神は「和魂は王身の命を守り、荒魂は先鋒として軍船を導くであろう」と申され、その霊験あらたか新羅軍を破り、無事帰国されました。その時、神功皇后は当地の小戸付近の浜に上陸し濡れた袙(あこめ)の御衣を乾かされたので袙ヶ浜(後、転じて姪浜)といい、宇美において応神天皇を出産されたと伝えられています。
また伊弉諾尊が禊祓をされるとき河童が現われ、道案内のお手伝いをしたことにより除災招福の神の使いになったという伝承があります。
住所 | 福岡県福岡市西区姪の浜3丁目5−5 |
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行き方 | 地下鉄・JR筑肥線でお越しの方
お車でお越しの方
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名称 | 姪浜住吉神社 |
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読み方 | めいのはますみよしじんじゃ |
通称 | 住吉神社 |
参拝時間 | 授与所:9時~17時 ご祈願を御希望の際は事前にお電話もしくは授与所にてご予約下さい。 |
参拝にかかる時間 | 約15分 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 092-881-0328 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://sumiyoshi-jinja.jp/ |
SNS |
ご祭神 | 本社祭神
住吉三神、 神功皇后、 志賀三神、 武内宿禰、 |
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ご由緒 | 姪浜住吉神社祭神は、家内安全・海上安全・交通安全・開運・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛の御神徳があります。 住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉明神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国 船来襲の調伏祈願の折にご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭りしたことによります。 くだって室町時代の応永二十三年(西暦一四一六年)正月十四日夜の 御神託により、翌年八月二十九日に牛頭社地(現、住吉神社)で新社建 立・ご遷座の儀式を終え、ここに住吉三神は牛頭社(現、須賀神社)と相並んで、当地の産土神として尊崇されるようになりました。 住吉三神は、『日本書紀』神代巻には、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の檍原(あわぎはら)で、 御身の濁穢(けがれ)を禊祓われた時に出生された神と記されています。 内書巻九や『古事記』によると、神功皇后が応神天皇を胎内に宿したまま新羅に遠征された折り、住吉三神は「和魂は王身の命を守り、荒魂は先鋒として軍船を導くであろう」と申され、その霊験あらたか新羅軍を破り、無事帰国されました。その時、神功皇后は当地の小戸付近の浜に上陸し濡れた袙(あこめ)の御衣を乾かされたので袙ヶ浜(後、転じて姪浜)といい、宇美において応神天皇を出産されたと伝えられています。 また伊弉諾尊が禊祓をされるとき河童が現われ、道案内のお手伝いをしたことにより除災招福の神の使いになったという伝承があります。 |
体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬結婚式七五三御朱印お守り伝説 |
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