あかまじんぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方赤間神宮のお参りの記録一覧
絞り込み







下関市にある赤間神宮にお参りしました。
関門海峡を見下ろし、すぐ前には 壇の浦古戦場址・みもすそ川公園が整備され海辺や、関門橋を間近に見られる所にあります。
まず目に入ってきたのは、朱い水天門、朱い太鼓楼、そして朱い拝殿・・・と華やかっぽい建物での参拝で・・・ワァ! なんて言っていたのが恥ずかしいやら 情けないやら😢😔
安徳天皇のことを知って思いを馳せたり、平家一門のお墓参りをしたりと とても貴重な時間を過ごせました。 境内も参拝者が まあまあみえたわりには静かで落ち着いた雰囲気と感じました。
ご祭神は、第八十一代 安徳天皇
貞観2年(859年)阿弥陀寺として開闢
文治元年(1185年) 壇の浦の戦いで敗北し、平家一門と共に8歳で入水崩御された安徳天皇の御影堂を建立
明治の神仏分離により、阿弥陀寺は廃され、神社となって『天皇社』と改称され、明治8年(1875年)赤間宮に改称。 さらに、昭和15年(1940年)赤間神宮に改称されました。

山口県下関、すぐ目の前は関門海峡・壇之浦となるところに鎮座。
なによりもまずこちらの特徴は神門が龍宮造りの水天門ですね。
まるで竜宮城はこんな感じなのかなと思ってしまいます。
七五三の時期とも重なり、多くの参拝者が訪れていました。
水天門だけでなく、拝殿や太鼓楼など朱と白がとても鮮やかで見事でした。
御朱印は基本的に書置きのみになるようですが、ちょうど御朱印帳がいっぱいになったこともあり、
こちら赤間神宮の御朱印帳を頂戴しました。
そのため直書きでいただくことができました。
<御祭神>
第八十一代安徳天皇
とても華やかなイメージの神社でしたが、源平の壇之浦の戦いで平家は敗れ、二位尼時子(平清盛の妻)は幼い第八十一代安徳天皇を抱いて、海に身を投じたとのこと。
その安徳天皇をお慰めするため、朝廷は建久2年、ここに霊廟を建てその御陵上に御影堂を建立させたそうです。
阿弥陀寺として多くの崇敬を集めてきたそうですが、神仏判然令により廃寺となり、明治8年官幣中社・赤間宮として創建され、昭和15年に赤間神宮に改称されたそうです。
また怪談「耳なし芳一」の主人公である芳一(琵琶法師)はこの阿弥陀寺に住んでいたとされるところです。
もっと読む
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ

































































