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名鉄御朱印めぐり御朱印帳発売中

あかまじんぐう

赤間神宮

山口県 下関駅

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083-231-4138

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(2種類)

赤間神宮では、「赤間神宮」と摂社「日本西門鎮守八幡宮」の2種類の御朱印をいただけます。 

赤間神宮の御朱印

300円

真ん中に赤間神宮と書かれ、上部に神紋である菊花紋の印、真ん中に赤間神宮の印が押されています。

日本西門鎮守八幡宮の御朱印

300円

真ん中に鎮守八幡宮と書かれ、右上に日本西門の文字、上部に巴紋の印、真ん中に鎮守八幡宮の印が押されています。
日本西門鎮守八幡宮は、859年(貞観元年)に、行教和尚が宇佐神宮の分霊を京都男山(石清水八幡宮)へ勧請する際、日本西門の守護神として創建したと伝わっています。

限定御朱印(1種類)

日本西門鎮守八幡宮式年祭限定御朱印

500円

真ん中に鎮守八幡宮と書かれ、右上に日本西門の文字、千百六十年式年祭記念事業奉賛の印、上部に巴紋の印、真ん中に式年奉祝の金文字、鎮守八幡宮の印が押されています。
日本西門鎮守八幡宮は20年に1度の式年を迎え、御鎮座1160年式年祭記念として拝受できる限定御朱印です。

コロナウイルスの感染防止のため、現在は書き置きのみの頒布のようです。

このほか、季節や行事にあわせて特別御朱印が頒布されます。

御朱印帳(3種類)

赤間神宮では、水天門と大安殿、印伝風、蘭陵王の3種類の御朱印帳が頒布されています。
水天門と大安殿の御朱印帳は2色あります。

水天門と大安殿の御朱印帳(朱色)

1,500円
約16×11cm
朱、紫

朱色の地に、表面には水天門、裏面には石段と大安殿が描かれ、下部に赤間神宮の文字が入っています。
竜宮城をイメージして造られた紅白が際立つ美しい楼門を水天門と呼んでおり、その由来として、安徳天皇が水天皇大神と称せられたことなどが挙げられます。
石段を登っていくと正面に狛犬が守っている大安殿(外拝殿)があり、有栖川宮幟仁親王殿下の書かれた大きな額が中央に掲げられています。

水天門と大安殿の御朱印帳(紫色)

1,500円
約16×11cm
朱、紫

紫色の地に、表面には水天門、裏面には大安殿が描かれ、下部に赤間神宮の文字が入っています。
竜宮城をイメージして造られた紅白が際立つ美しい楼門を水天門と呼んでおり、その由来として、安徳天皇が水天皇大神と称せられたことなどが挙げられます。
石段を登っていくと正面に狛犬が守っている大安殿(外拝殿)があり、有栖川宮幟仁親王殿下の書かれた大きな額が中央に掲げられています。

印伝風御朱印帳

1,500円

朱色の地に、水天門や青海波、菊や波が散りばめられた御朱印帳で、裏面は右下に赤間神宮の文字が入っています。

蘭陵王の御朱印帳

2,000円
約18×12cm

水色の地に水文様、表面は水天門が描かれ、左上に御朱印帳の文字、裏面は蘭陵王(らんりょうおう)の舞が描かれ、神紋である菊花紋が3ヶ所入り、上部に菊花紋と赤間神宮の文字が入っています。
新春に行われる舞楽始めでは、鮮やかな赤い装束と勇壮な動きが特徴である蘭陵王の舞など、安徳天皇が宮中で親しんでいた舞楽が拝殿内の舞台で奉納されます。

限定御朱印帳(1種類)

先帝祭限定御朱印帳

1,500円
約16×11cm

黄色の地に神紋である菊花紋柄、表面は上臈参拝の様子、水天門と社殿が描かれ、上部に御朱印帳の文字、下部に先帝祭の文字、裏面は赤色とピンク色の菊花紋、真ん中に赤間神宮の文字が入っています。
先帝祭とは壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇を偲ぶお祭りで、上臈とは身分の高い遊女、いわゆる太夫や花魁のことを指します。
先帝祭での上臈参拝とは、身分の高い遊女が安徳天皇の御廟所に参拝することを意味します。
安徳天皇の入水後、同じく海に身を投じるも生きながらえた女官の中には、下関で遊女として働く者も。
その元女官の遊女が、安徳天皇の命日に御廟所に参拝し、御冥福を祈ったことが起源とされています。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、拝殿に向かって左側にある授与所でお受けできます。

御朱印の受付時間は8時30分~17時。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

過去の限定御朱印

春季限定御朱印

右に水天皇大神の金文字、上部に神紋である菊花紋の印、赤間神宮の印、下部に独楽(こま)に戯れる幼帝安徳天皇の御姿が入っています。
赤間神宮は壇ノ浦の戦いで幼くして亡くなった安徳天皇を御祭神として祀っています。
安徳天皇は別名「水天皇大神」とも呼ばれ、水の御神徳は水難除け、安産、諸願成就に通じるとされています。

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

赤間神宮について

平家ゆかりの神宮


壇ノ浦の戦いで幼くして亡くなった安徳天皇を祀る。
境内に安徳天皇阿弥陀寺陵や、平家一門(平有盛、平清経、平資盛、平教経、平経盛、平知盛、平教盛、平家長、平忠光、平景経、平景俊、平盛継、平忠房、平時子)の供養塔「七盛塚」がある。

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四季
2022年04月28日(木)
236投稿

赤間神宮

~ 「まろもか 」 ~

主祭神 安徳天皇
社格等 旧官幣大社
    別表神社
創建  貞観2年(859年)

例祭  5月2日~ 4日(先帝祭)
    10月7日

漢風諡号 安徳天皇
誕生 1178年12月22日〈治承2年11月12日〉
1185年4月25日〈寿永4年3月24日〉)
第81代天皇
(在位: 1180年3月18日〈治承4年2月21日〉~1185年4月25日〈寿永4年3月24日〉)

陵所 阿彌陀寺陵(赤間神宮境内)
諱  言仁(ときひと) 
別称 水天皇大神
父親 高倉天皇
母親 平徳子
皇居 平安宮・福原宮
歴代の天皇の中で最も短命だった天皇です。

壇ノ浦の戦いにおいて幼くして(わずか8歳)
亡くなった安徳天皇を祀る赤間神宮です。
江戸時代までは安徳天皇御影堂といい、
仏式により祀られていました。

平家一門を祀る塚があることでも有名であり、前身の阿弥陀寺は『耳なし芳一』の舞台でしたが、廃仏毀釈により神社となり現在に至ります。

安徳天皇阿弥陀寺陵(あみだじのみささぎ)

日本西門鎮守八幡宮
大連神社
紅石稲荷神社
平家一門の墓(七盛塚)
壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門の合祀墓(供養塔)
14名の供養塔が並び、名前に「盛」字の付く者が多いことから「七盛塚」とも称されます。

祇園精舎の鐘の聲
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
奢れる人も久からず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂にはほろびぬ
偏に風の前の塵におなじ

芳一堂
昔、下関(赤間関、あかまがせき)の阿弥陀寺というお寺に、びわ法師の芳一という男がいた。幼いころから目が不自由だったが、琵琶の腕は師匠をしのぐ程の腕前で、特に壇ノ浦の合戦の弾き語りは真に迫るものがあった。
~耳なし芳一~

下関市阿弥陀寺町4-1

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮の歴史赤間神宮(山口県)

日本西門鎮守八幡宮

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

安徳天皇 阿弥陀寺陵

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

七盛宮
東向きにひっそりと

赤間神宮(山口県)赤間神宮の建物その他

赤間神宮紅石山樹林

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

芳一堂

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

平家一門の墓(七盛塚)へ

赤間神宮の建物その他赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

大連神社境内の裏手に紅石山の頂上への道があります。

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

大連神社
大連神社の御神体と御神宝は、1947年(昭和22年)3月14日、元大連神社宮司・水野久直の手によって日本に持ち帰られ、福岡市の筥崎宮に仮安置されました。
その後、水野氏が赤間神宮宮司に赴任した際、その境内に小祠を建てて大連神社の神体を遷し祀りました。
1973年(昭和48年)の第60回伊勢神宮式年遷宮の際に古社殿を譲り受け、1980年(昭和55年)、本殿北東の現在地に移築して正遷座祭が行われました。

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

紅石稲荷神社へ

赤間神宮(山口県)赤間神宮の本殿

木曾義仲に攻められ、安徳天皇を奉じて都落ちする平家一門が、伏見稲荷の分霊を勧請されました。
軍船の本拠地として壇ノ浦の紅石山に安置したものと伝えられるそうです。

1945年(昭和20 年) 戦禍により社殿焼失。1984年(昭和59年)現在地に再建とあります。

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

菊破風美しく
猪目懸魚

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

水天門に
阿弥陀寺跡碑

赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

大平成7年10月に奉納の、中国大連の花こう岩を現地で加工された獅子像。
大連神社の氏子がお持ちになったそうです。大連神社は元々戦前は中国大連(戦時中は日本の租借地)にあった神社で、戦後元宮司さまによってご神体が帰国。
大連生まれの狛犬さんが、大連神社氏子さまと赴任された宮司さまにより赤間神宮に奉納された、大変珍しい由来の狛犬さんです。

赤間神宮の狛犬赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)赤間神宮(山口県)

祇園精舎の鐘の聲
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
奢れる人も久からず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き者も遂にはほろびぬ
偏に風の前の塵におなじ

赤間神宮(山口県)
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あおどん
2019年03月12日(火)
94投稿

今を去る八〇〇年の昔、源平最後の合戦に安徳天皇は御歳僅か八才をもって平家一門と共に壇之浦に崩じ給うや 赤間関紅石山麓阿弥陀寺境内に奉葬し 建久二年 朝廷は長門国に勅して御陵上に御影堂を建立せしめ給い 建礼門院御乳母の女 少将の局命阿尼をして奉侍の上、勅願寺として永く天皇の御冥福を祈らしめ給う、朝廷の尊崇きわめて篤く文人墨客の参拝亦枚挙にいとまなし
明治維新に至るや阿弥陀寺を廃し 御影堂を改めて天皇社と称せられ 明治八年十月七日勅命をもって官幣中社に列し、地名に依り社号を赤間宮と定め給い、社殿を造営せしめらる。昭和十五年八月一日天皇陛下には勅使を差し遣わされ官幣大社に御列格宮号を改めて赤間神宮と宣下あらせられ、社殿又改造し輪奐の美整いしが 惜しむべし大東亜大戦の空襲を蒙り 神殿以下悉く焼失加ふるに未曽有の敗戦に依り 復興造営は至難を極めしも 本殿祝詞殿以下御復興に邁進、苦節苦闘二十年にして完工、昭和四十年四月御祭神七八〇年大祭を迎え関門の風光に和する社殿の壮麗は昔日に倍し実に陸の龍宮と称えらるるに至れり

平成大改修中でした。
本当は竜宮城みたいな素敵な門が見れるはずだったので残念。
改修が終わったら改めて参拝しようと思います。
壇ノ浦のすぐ近くにあります。

赤間神宮の御朱印

御朱印

赤間神宮の鳥居

鳥居

赤間神宮の手水

手水舎

赤間神宮の本殿

拝殿

赤間神宮の本殿

本殿

赤間神宮の狛犬

狛犬

赤間神宮の狛犬

狛犬

赤間神宮の歴史

八咫鏡碑

赤間神宮の建物その他赤間神宮の山門赤間神宮の御朱印帳

御朱印帳

赤間神宮の御朱印帳

御朱印帳

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赤間神宮の基本情報

住所山口県下関市阿弥陀寺町4-1
行き方

JR下関駅からバスで10分

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名称赤間神宮
読み方あかまじんぐう
参拝時間

社務所:09:00〜17:00

参拝にかかる時間

20分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号083-231-4138
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.tiki.ne.jp/~akama-jingu/
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》安徳天皇
ご神体八咫鏡(旧)
創建時代貞観二年(859)
体験おみくじ絵馬御朱印お守り祭り武将・サムライ有名人のお墓札所・七福神巡り

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