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てんがくいん|曹洞宗系 単立寺院功徳山

天嶽院
神奈川県 藤沢駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり。幹線道路から入って直ぐに、参道を挟んだ左右の駐車場を会わせて30台分ほど。(複数個所に在る駐車施設を合計すると、100台分ほどになるかもしれない。)

天嶽院について

殆ど民家と接しない 太い幹線道路沿いで、
敷地の幅というのか 幹線道路から入って直ぐの間口が広い壮大な寺院です。
平成復興事業として 室町時代禅宗様式七堂伽藍が復興されて、
遥か古に繰り返された復興落成当時の初々しく瑞々しい伽藍を
                  今 この時代で体感できる寺院です。
両側が苔生す参道の紅葉は素晴らしいです。

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こばけん
こばけん
2022年12月22日(木)1362投稿

22.12.10。JR東海道線/小田急線「藤沢駅」北口より江ノ電バスで大船駅西口行き、「小塚」下車、徒歩10分。藤沢市渡内1丁目の県道312線沿いにある曹洞宗系の単立寺院。

山号 功徳山

院号 天嶽院

寺号 早雲禅寺

創建 明応4年(1495年)

開山 虎堂玄白禅師

開基 北条早雲公

本尊 千手千眼観世音菩薩

【歴史】〜当山リーフレットより〜
 明応四年北条早雲公によって伽藍の一興あり、蜜院を改め禅刹となし、虎堂玄白禅師を迎え開山第一祖となす。天正四年(1576)図らづも祝融氏に見舞れ伽藍焼失の災に遭うも、玉縄城主父子 早雲公菩提の為に発願し重ねて伽藍の復興を見る。
 紀州公 第六世月州尊海禅師(後の永平寺第卅一世)に帰依すること篤く、特に師の為に七堂伽藍を建立せらる。相中留恩記略所載の伽藍図は即ちこれである。
 安政二年(1855)二月廿六日再び祝融氏の災に遭遇し惜しくも紀州公建立の大伽藍は悉く灰儘に帰す。
 

 京都のお寺に来たような参道の紅葉が美しい。本堂(法堂)・僧堂等の拝観をお勤めの若い僧侶の方より説明付きでご案内頂きました。曰く、モミジの木などは宇治のお寺さんよりのもののようです。昭和51年~平成10年の七堂伽藍復興に合わせ室町時代様式に統一した一環のようです。四季折々に訪れたくなるような素晴らしいお寺さんでした。尚、現在は曹洞宗系の単立寺院となっていますとのことです。

天嶽院の御朱印

(浄聖殿)

天嶽院(神奈川県)

歩道に看板。

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mitch
mitch
2022年11月09日(水)2219投稿

22.11.04 藤沢「天嶽院 」参拝 _ 藤沢市渡内(わたうち)

天嶽院の山門・神門

殆ど民家と接しない 太い幹線道路沿いで、
敷地の幅というのか間口が広い壮大な寺院。
平成復興事業として 室町時代禅宗様式七堂伽藍が復興されて、
遥か古に繰り返された復興落成当時の初々しく瑞々しい伽藍を
今 この時代で体感できる寺院。
禅宗の 七堂伽藍は山門・法堂・仏殿・禅堂・庫裡・東司・浴室 の旨が掲示されている。
01) 曹洞宗「 天嶽院 」<徳山早雲禅寺天嶽院> ( てんがくいん )
    仁王像、茅葺きの ’ 山門 ’ 方向の遠景 _ 藤沢市渡内(わたうち)
    公式Webサイト: https://tengakuin.jp
茅葺きの山門。
水戸光圀公建立、 江戸中期の建物で唯一火災を免れた。
火災で数回も ことごとく消失したそうだが、
昭和五十一年(1976年)春伽藍復興に着手し
二十年余を経て平成十年(1998年)
’ 七堂伽藍 ’ !を ’ 室町時代の様式に統一 ’! して復興したそうです。
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< このページの写真は 全てが過去四回のページ中と重複し
数回に亘りPCからファイル消滅を経験した私の参拝年月日記録として5枚だけ撮った、
キャプションも使いまわしで代わり映えしないページで恐縮です。
伽藍の他所仏閣写真は過去ページを参照願いたし。>
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天嶽院の景色

02) 山門を潜りながら見た参道
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歴史

< 公式HPから引用 _ https://tengakuin.jp/history/ >

天嶽院の歴史は真言宗の古寺「不動院」から始まる。
源頼朝公が治承四年(1180年)、
伊豆に兵を挙げ鎌倉を目指す途中立ち寄り、 不動明王様に大願成就の祈願をされたとの伝説がある。

明応四年(1495年)、北条早雲公によって伽藍の一寺が創建され、
「不動院」を改め曹洞宗の禅寺とし、虚堂玄白禅師を迎えて開山とした。

天正四年(1576年)四世住職の代に伽藍は焼失するが、
玉縄城主北条綱成・氏繁公父子によって伽藍が復興された。
更に紀伊大納言徳川光貞卿の信仰篤く、六世住職の代に七堂伽藍が完成された。
この姿が「相中留恩記略」巻之十八に記載されている。

なお天正十九年(1591年)十一月、家康公から三十石の朱印地を賜った事実がある。
安政二年(1855年)二月二十六日、
二十二世住職の代に再び火災にあい、大伽藍はことごとく焼失した。
焼失を免れ現存する総門(山門)は江戸中期に水戸光圀公が建立したと伝えられる。

昭和五十一年(1976年)春伽藍復興に着手、
二十年余を経て平成十年(1998年)七堂伽藍を室町時代の様式に統一して復興した。

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天嶽院の情報

住所神奈川県藤沢市渡内1-1-1
行き方

・藤沢駅より
江ノ電バス、四季の杜、大船駅行、「小塚」下車徒歩13分。
/神奈中バス、渡内経由大船駅行、「藤ヶ岡中学校前」下車し徒歩13分。
・大船駅より 江ノ電バス2番乗り場(東口ルミネ側)「藤沢駅北口」行きに乗車し「小塚」で下車し徒歩13分。

天嶽院の基本情報

名称天嶽院
読み方てんがくいん
参拝にかかる時間

約30分

トイレあり。 寺務所周辺で ’ 東司 ’ と表示されています。” 禅宗の 七堂伽藍は山門・法堂・仏殿・禅堂・庫裡・東司・浴室 ” の旨が掲示され、明王像が祀られています。
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0466-22-0151

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://tengakuin.jp/
おみくじあり

詳細情報

ご本尊千手千眼観世音菩薩
山号功徳山
院号天嶽院
宗旨・宗派曹洞宗系 単立寺院
創建時代明応4年(1495年)
開山・開基開山:虚堂玄白禅師(大雄山最上寺開山了菴禅師六世の嫡孫なり) 開基:相州の太守北条早雲公(早雲寺殿天嶽宗瑞大居士)
ご由緒

< 公式HPから引用 _ https://tengakuin.jp/history/ >

天嶽院の歴史は真言宗の古寺「不動院」から始まる。
源頼朝公が治承四年(1180年)、
伊豆に兵を挙げ鎌倉を目指す途中立ち寄り、 不動明王様に大願成就の祈願をされたとの伝説がある。

明応四年(1495年)、北条早雲公によって伽藍の一寺が創建され、
「不動院」を改め曹洞宗の禅寺とし、虚堂玄白禅師を迎えて開山とした。

天正四年(1576年)四世住職の代に伽藍は焼失するが、
玉縄城主北条綱成・氏繁公父子によって伽藍が復興された。
更に紀伊大納言徳川光貞卿の信仰篤く、六世住職の代に七堂伽藍が完成された。
この姿が「相中留恩記略」巻之十八に記載されている。

なお天正十九年(1591年)十一月、家康公から三十石の朱印地を賜った事実がある。
安政二年(1855年)二月二十六日、
二十二世住職の代に再び火災にあい、大伽藍はことごとく焼失した。
焼失を免れ現存する総門(山門)は江戸中期に水戸光圀公が建立したと伝えられる。

昭和五十一年(1976年)春伽藍復興に着手、
二十年余を経て平成十年(1998年)七堂伽藍を室町時代の様式に統一して復興した。

ご利益
体験
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