えんがくじ|臨済宗円覚寺派|瑞鹿山
円覚寺公式神奈川県 北鎌倉駅
3月~11月 午前8:30~午後4:30 /
12月~2月 午前8:30~午後4:00
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円覚寺では、10種類以上の御朱印をいただけます。
そのなかからホトカミに投稿された8種類を紹介します。
また、行事に合わせたカラフルな御朱印が頒布されています。
円覚寺は鎌倉時代から続く禅寺です。
北鎌倉駅を降りてすぐ総門(拝観入口)が見えます。
中に入ってみると広々と開かれた谷戸に伽藍が配置され、ゆったりとした時間を過ごすことができます。
街中の喧騒を離れた静謐な境内には、各所にお参りできるお堂がございます。
仏殿の宝冠釈迦如来さまや選佛場の薬師如来さま、その他多くの仏さまがいらっしゃいます。
どうか心を落ち着けてご参拝ください。
また円覚寺では定期的な坐禅会や法話会、写経会を開催しております。
初めての方でもお気軽に参加していただけますので、公式HPをご確認の上
是非ご参加下さい。
臨済宗 大本山 円覚寺
https://www.engakuji.or.jp/
【「坐禅せずに、坐禅する」とは?】
今日は、『坐禅せずに坐禅してみよ!と問われたら』という円覚寺の横田南嶺老師と、身体技法研究者の甲野陽紀さんの対談本の発売イベントへ、行ってきました。
私は昨年末にネットで購入し、既に読み終えていました。
お二人の対談形式で、読みやすくありながらも、深いお話やヒントも多く、折に触れて読み返したいな、と思いました。
先週、布薩で円覚寺様へお参りした際、横田老師にサインをいただきました。
「坐禅せずに、坐禅する」
そのときから1週間、あらためて「坐禅せずに、坐禅する」とはなんだろうかと、自分なりに考えていました。
配られた資料の一行目に、
「(形式的な)坐禅をせずに、(ほんとうの)坐禅をする」と書かれていました。
この言葉を読んで、パッと色んなことに繋がりました。
昨日、ある神主さんと電話していた際、「ホトカミならではの情報発信とは」という話から、参拝の作法についての話になりました。
その神主さん曰く、「お参りの作法はあるけど、大事なのは気持ちなので、右とか左とか、あんまり気にしなくていいよ」と。
境内で質問されたときは、作法を伝えた上で、そのように答えている。
けども、ネット上では、作法を軽視するのが神社の公式見解のようになってしまうから、第三者視点でホトカミならではのバランスが取れた伝え方ができるのでは、というお話をして下さいました。
「(形式的な)坐禅をせずに、(ほんとうの)坐禅をする」
これはまさに、作法は正しいが心がこもっていない参拝と、
作法はないけども、心がこもっている参拝の違いにも通ずるな、と思いました。
形式も、中身も伴っているのが理想だとしても、
なかなか、はじめから形式の作法を完璧にするのは難しいです。
先日のお茶のお稽古でも、お茶会でお点前はされるけど、
日常でお茶を点ててのむことはない、という方がいらっしゃって驚きました。
私なんかは、お点前のお稽古よりも、お菓子を食べて、美味しいお茶をいただくことばかりが楽しみです。
この体験をお届けしたい、という気持ちでお点前の稽古のモチベーションを保っています。
「坐禅会や高野山で巡礼など、ストイックですね。」
これも最近言われた言葉なのですが、
ストイックとは全く逆で、楽しいからです。
坐禅についても、以前は「足が痛いし、眠くなるけど、我慢したらなんかスッキリした気がする」という感想でした。
それでも良かったのですが、横田老師の指導で、
坐禅が楽しくなり、さらに、他の宗派の教えや神道、いろんな日本文化に繋がるので面白くなりました。
「坐禅儀」という書物にも、「坐禅は安楽の法門なり」と書かれています。
「坐禅せずに、坐禅する」という短い言葉からも、
いろんなことに繋がるなと到着した瞬間から思いました。
本人が不安を埋めるには、第三者がわかりやすく評価するには、
外から見たらわかる、形式が便利だと思います。
しかし、枠に当てはめることで、本来の瑞々しさが失われてしまったり、可能性を狭めてしまうかもしれません。
禅の本質とは、「自己本来の素晴らしさに目覚めてイキイキと生きる」。
そのための現代のあり方を、横田老師のご経験と、甲野先生ならではの視点での対談、ぜひオススメの1冊です。
・禅には、なぜ修行があるのか?
・悟りとは?
・菩薩に近づく方法 なども、分かりやすく語られていますし、金言がたくさんありました。
映画のようにストーリーが刺さる本、辞書のように原点をたどる本、いろいろありますが、
読めば読むほど味がする、するめのような本だと思いました。
ホトカミサポーターさん、今週10名増えて625名となりした。
👇限定の特典👇
①毎月幸せや健康をご祈願⛩️
②プレミアム検索機能🔍
限定御朱印を20以上の細かい分類から検索可能。
さらに、神さま・ご本尊検索や宗派検索にも対応しています。


鎌倉💠紫陽花 (3)『円覚寺』参拝
歴史を感じる趣ある境内は紫陽花で更に素敵!!
素晴らしい御朱印も沢山いただきました (*´∀`)
北条氏に縁のお寺✨天井画も素晴らしい~
美しい季節に伺えて幸せです♪
谷戸と呼ばれる丘陵地が浸食されて出来た谷に沿って建てらた円覚寺。鎌倉独特の境内~土地の高低差を生かした壮大な空間に咲く様々な紫陽花!竹林や石垣、岩肌が迫力の参道に美しい色を添えていました。
これから更に美しくなりそうな様子でした (*´μ`*)
この後は大混雑の明月院へ…
山門
六十年記念大祭御朱印✨
こちらも紫陽花と蛙バージョン🎶
木目に滲む墨がまたいい感じ~
仏殿
天井画も大迫力!!
開門と同時に伺った参道は静寂
選佛場
色々な種類の紫陽花が楽しめます♪
清楚、可憐、華やか
とても綺麗 (♡v♡)
居士林
松嶺院
開基廟
正伝庵
国宝の舎利殿ですが
奥は見られませんでした…残念
美しい岩肌や石垣も素晴らしい♪
大方丈
いい景色✨
茶屋の方に教えていただき富士山も発見!
写真ではわからないのが残念、、
弁天堂
関東で最も大きい洪鐘(高さ259.5cm)国宝
竹林と紫陽花コラボ✨(*´ω`*)
円覚寺夏期講座が以下のとおり開催されます。
鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました。
円覚寺の寺名の由来は、建立の際、大乗経典の「円覚経(えんがくきょう)」が出土したことからといわれます。また山号である「瑞鹿山(ずいろくさん)(めでたい鹿のおやま)」は、仏殿開堂落慶の折、開山・無学祖元禅師の法話を聞こうとして白鹿が集まったという逸話からつけられたといわれます。
無学祖元禅師の法灯は高峰顕日(こうほうけんにち)禅師、夢窓疎石(むそうそせき)禅師と受け継がれ、その法脈は室町時代に日本の禅の中心的存在となり、 五山文学や室町文化に大きな影響を与えました。
円覚寺は創建以来、北条氏をはじめ朝廷や幕府からの篤い帰依を受け、寺領の寄進などにより経済的基盤を整え、鎌倉時代末期には伽藍が整備されました。 室町時代から江戸時代にかけて、いくたびかの火災に遭い、衰微したこともありましたが、江戸時代後期(天明年間)に大用国師(だいゆうこくし)が僧堂・山門等の伽藍を復興され、宗風の刷新を図り今日の円覚寺の基礎を築かれました。 明治時代以降、今北洪川(いまきたこうせん)老師・釈宗演(しゃくそうえん)老師の師弟のもとに雲水や居士が参集し、多くの人材を輩出しました。 今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています。
| 住所 | 神奈川県鎌倉市山ノ内409 |
|---|---|
| 行き方 | JR横須賀線「北鎌倉駅」より徒歩1分 |
| 名称 | 円覚寺 |
|---|---|
| 読み方 | えんがくじ |
| 参拝時間 | 3月~11月 午前8:30~午後4:30 /
|
| 参拝にかかる時間 | 1時間 |
| 参拝料 | < 2021.05.01より>大人(高校生以上)500円 / 小人(小・中学生)200円 / 鎌倉市福聚手帳 持参者 200円 / ※障がいのある方と介助者(1名まで)は無料 |
| トイレ | あり(総門周辺休憩所にあります) |
| 御朱印 | あり 本尊である「寶冠釈迦如来」の尊号をお書きします。
紙朱印(書き置き)のご用意もあります。 |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0467-22-0478 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.engakuji.or.jp/ |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| ご本尊 | 宝冠釈迦如来 |
|---|---|
| 山号 | 瑞鹿山 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗円覚寺派 |
| 創建時代 | 弘安5年(1282年) |
| 開山・開基 | 開基: 北条時宗 開山:無学祖元 |
| 文化財 | 三門、唐門(重要文化財) |
| ご由緒 | 鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました。 円覚寺の寺名の由来は、建立の際、大乗経典の「円覚経(えんがくきょう)」が出土したことからといわれます。また山号である「瑞鹿山(ずいろくさん)(めでたい鹿のおやま)」は、仏殿開堂落慶の折、開山・無学祖元禅師の法話を聞こうとして白鹿が集まったという逸話からつけられたといわれます。
円覚寺は創建以来、北条氏をはじめ朝廷や幕府からの篤い帰依を受け、寺領の寄進などにより経済的基盤を整え、鎌倉時代末期には伽藍が整備されました。 室町時代から江戸時代にかけて、いくたびかの火災に遭い、衰微したこともありましたが、江戸時代後期(天明年間)に大用国師(だいゆうこくし)が僧堂・山門等の伽藍を復興され、宗風の刷新を図り今日の円覚寺の基礎を築かれました。 明治時代以降、今北洪川(いまきたこうせん)老師・釈宗演(しゃくそうえん)老師の師弟のもとに雲水や居士が参集し、多くの人材を輩出しました。 今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています。 |
| 体験 | |
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