こくたいじ|臨済宗南禅寺派|景運山
国泰寺北海道 厚岸駅
午前8時〜午後3時まで
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楽しみ方帝政ロシアの南下への対応策として江戸幕府がアイヌ民族に対する同化政策の仏教の布教のために建てた蝦夷三官寺の1つ。境内の庭園は江戸時代当時のままです。資料館には国泰寺をはじめ厚岸町内の神社仏閣の資料が展示されています。

厚岸町湾月町にある臨済宗南禅寺派のお寺。江戸時代にロシアの南下に対抗する為のアイヌ民族への仏教布教による蝦夷地支配を目的として建てられた蝦夷三官寺の1つ。
アイヌに日本仏教を布教させることで「アイヌは日本人でありアイヌが暮らす蝦夷地は日本の領土」であるとロシアに主張出来ると考えていたそうです(実際蝦夷地に来たロシア人がアイヌにロシア正教の布教を行っていたらしいです)。一種の同化政策ではありますがそれまでのアイヌの信仰や文化を否定しないものであり明治以降の急速な同化政策とは違ったものだったとも言われています。
建物などは建て替えられていますが境内の雰囲気は江戸時代のままだそうです。徳川幕府が建てたというだけあって山門には葵の門。境内には三十三観音、馬頭観音堂、龍王堂が建てられています。また現在は跡地のみですが国泰寺隣りにある厚岸神社の前身である神明宮跡もあります。
本堂には地獄の絵が描かれた掛け軸が掛けられていてこれも見どころです。おみくじ、御守、書き置きの御朱印などの授与品の他に蝦夷三官寺のパンフレットと記念スタンプなども置かれています。拝観料100円。開館は8時から15時と比較的早い時間に閉まるのでお気を付け下さい。
またお寺の前には厚岸町郷土館があり国泰寺を始め厚岸町の神社仏閣の資料が展示されているのでこちらも見ることをオススメします。無料で入れました。

国泰寺(臨済宗鎌倉五山派景運山国泰寺、現在南禅寺派)は、江戸時代後期にロシアの南下・場所請負制度の弊害など北辺の危機が叫ばれる中で、箱館奉行の願い出により文化元年(1804)に設置が決定された蝦夷三官寺のひとつで、厚岸湾に突出するバラサン岬の神明宮(厚岸神社の前身、寛政3年(1791)最上徳内の建立)の旧地を含む10町四方の防風林をその寺領地として創建されました。
現存する建物はほとんど後代に改修されていますが、境内は江戸時代のたたずまいを伝えており、蝦夷地における特異な歴史的役割を果たした重要な寺として、裏手のアイカップを含む約130,000㎡が指定されています。
(厚岸町公式HPから引用)












| 住所 | 北海道厚岸郡厚岸町湾月1丁目 |
|---|---|
| 行き方 | 厚岸駅よりバスにて国泰寺前下車、徒歩1分
|
| 名称 | 国泰寺 |
|---|---|
| 読み方 | こくたいじ |
| 通称 | 厚岸国泰寺 |
| 参拝時間 | 午前8時〜午後3時まで |
| 参拝料 | 拝観料100円 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0153-52-3064 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://edu.town.akkeshi.hokkaido.jp/kaiji/bunka/66/ |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| ご本尊 | 南無釈迦牟尼佛 |
|---|---|
| 山号 | 景運山 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗南禅寺派 |
| 創建時代 | 1804年(文化元年) |
| 開山・開基 | 徳川家斉 |
| 文化財 | 蝦夷三官寺国泰寺関係資料(重要文化財)
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| ご由緒 | 国泰寺(臨済宗鎌倉五山派景運山国泰寺、現在南禅寺派)は、江戸時代後期にロシアの南下・場所請負制度の弊害など北辺の危機が叫ばれる中で、箱館奉行の願い出により文化元年(1804)に設置が決定された蝦夷三官寺のひとつで、厚岸湾に突出するバラサン岬の神明宮(厚岸神社の前身、寛政3年(1791)最上徳内の建立)の旧地を含む10町四方の防風林をその寺領地として創建されました。
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| 体験 |
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