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西福寺の裏にあります。神明神社の飛地です。
昔、ここらの窮状を救った四良右衛門をお祀りしてます。
碑の近くには行けないよう門がありました。
碑文を生成AIに読んでもらいました。
便利な時代です。
維時文政七甲申歳二月五日徳川十一代将軍家斉
公時代當地区民家近隣村民非道壓迫矣於茲当時
戸長四良右衛門憂深之時恰青山城主栴道中行列
移落愄自身及直訴而為区民喪一命行年四十五歳
訳
時は文政七年(1824年)甲申(きのえさる)二月五日、徳川十一代将軍家斉公の時代である。
当時、この地区の住民は近隣の村の者たちから非道な圧迫を受けていた。
これにおいて、当時の戸長(村長)であった四良右衛門は、これを深く憂いていた。
折しも、青山城主(青山氏)の道中行列が(この地を)通りかかった際、
(四良右衛門は)自身が処罰されることを恐れず、直訴に及んだ。
そして、区民のために(その責任を負って)一命を落とした。行年四十五歳。
神明神社飛地(義人四良右衛門碑)の情報
| 住所 | 兵庫県西宮市西福町9-14 |
|---|---|
| 行き方 |
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神明神社飛地(義人四良右衛門碑)の基本情報
| 名称 | 神明神社飛地(義人四良右衛門碑) |
|---|---|
| 読み方 | しんめいじんじゃとびち ぎじんしろうえもんひ |
| ホームページ | https://www.shinmeihachimanjinja.com/about-3 |
詳細情報
| ご由緒 | 義人四良右衛門は、文政七年(1824年)に村の窮状を訴えるがため、この地を治めていた青山尼崎藩主への直訴を行った人物である。当時の芝村の中でも治水の問題など様々な問題を抱えていた里の現状では年貢を納めることが厳しいと判断した四良右衛門は、藩主に対して命がけの直訴を行ったのである。
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