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楽しみ方神明神社飛地(義人四良右衛門碑)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月07日(木) 11時54分00秒
参拝:2026年5月吉日
西福寺の裏にあります。神明神社の飛地です。
昔、ここらの窮状を救った四良右衛門をお祀りしてます。
碑の近くには行けないよう門がありました。
碑文を生成AIに読んでもらいました。
便利な時代です。
維時文政七甲申歳二月五日徳川十一代将軍家斉
公時代當地区民家近隣村民非道壓迫矣於茲当時
戸長四良右衛門憂深之時恰青山城主栴道中行列
移落愄自身及直訴而為区民喪一命行年四十五歳
訳
時は文政七年(1824年)甲申(きのえさる)二月五日、徳川十一代将軍家斉公の時代である。
当時、この地区の住民は近隣の村の者たちから非道な圧迫を受けていた。
これにおいて、当時の戸長(村長)であった四良右衛門は、これを深く憂いていた。
折しも、青山城主(青山氏)の道中行列が(この地を)通りかかった際、
(四良右衛門は)自身が処罰されることを恐れず、直訴に及んだ。
そして、区民のために(その責任を負って)一命を落とした。行年四十五歳。
昔、ここらの窮状を救った四良右衛門をお祀りしてます。
碑の近くには行けないよう門がありました。
碑文を生成AIに読んでもらいました。
便利な時代です。
維時文政七甲申歳二月五日徳川十一代将軍家斉
公時代當地区民家近隣村民非道壓迫矣於茲当時
戸長四良右衛門憂深之時恰青山城主栴道中行列
移落愄自身及直訴而為区民喪一命行年四十五歳
訳
時は文政七年(1824年)甲申(きのえさる)二月五日、徳川十一代将軍家斉公の時代である。
当時、この地区の住民は近隣の村の者たちから非道な圧迫を受けていた。
これにおいて、当時の戸長(村長)であった四良右衛門は、これを深く憂いていた。
折しも、青山城主(青山氏)の道中行列が(この地を)通りかかった際、
(四良右衛門は)自身が処罰されることを恐れず、直訴に及んだ。
そして、区民のために(その責任を負って)一命を落とした。行年四十五歳。
すてき
投稿者のプロフィール

Kazu958投稿
土日の空いた時間を使って神社巡り。 出身は兵庫県西宮市です。 愛媛で御朱印巡り、開始しました。 2024/3より転勤で東京に行くことになりました。 2025/5よりリモート勤務で西宮に戻ってきま...もっと読む
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