じゃくしみょうじん(じゃくしどう)
蛇苦止明神(蛇苦止堂)神奈川県 鎌倉駅
いつでも参拝可能です
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楽しみ方
妙本寺様の方丈門を左に進んだ奥にご鎮座する御堂で、比企能員公の娘である若狭局様(讃岐局とも)をお祀りしています。
若狭局は2代将軍源頼家の側室で、一幡(いちまん)と媄子(よしこ)という2人の子がいましたが、比企の乱にて一幡は焼死、若狭局は邸内の池(一説には井戸とも)に身を投げ、媄子は乳母に守られかろうじて生き延びました。
媄子は頼朝の血を引く生き残りとして、祖母である政子の庇護を受け、後に4代将軍藤原頼経に嫁ぎます。その歳の差は17歳差といわれます。残念ながら後継者には恵まれず源氏将軍の血筋はここで断絶となりました。
この比企の乱から約50年後、若狭局の霊魂が北条政村の娘に託宣して蛇身脱苦(だしんだっく)の供養を乞いました。これを知った若狭局の弟である比企能本が日蓮聖人に救いを求めました。日蓮聖人は法華経の功徳を以て成仏せしめ、蛇苦止明神と名付けて祀りました。以来、妙本寺の守り神とされています。
ところが、埼玉県東松山市の大谷地区には「若狭局と一族の一部が比企の乱を逃れてこの地に住んだ」という伝承が残っています。その中心となるのが現在の『扇谷山宗悟寺』です。若狭局が建立した大谷山寿昌寺が江戸時代に復興されて宗悟寺となったと伝えられています。夫を失った悲しみ、苦しみを鎮めるために作ったといわれる『蛇苦止観音』や『頼家の位牌』が安置されているそうです。
なんか…源義高公の生存伝説と似たものを感じました。
若狭局様も生存説が真実であってほしいと願ってしまいます。


21.12.11。先の妙本寺さんの総門を入って、左手の小道を少し上がったところに鎮座。
妙本寺の守り神(鎮守)蛇苦止明神(じゃくしみょうじん)を祀るお堂です。
建仁3年(1203年)、比企能員(ひきよしかず)が北条時政邸で暗殺され、比企ヶ谷の比企一族は、北条義時らに攻められ滅ぼされた(比企の乱)。
二代将軍源頼家の側室であった若狭局(能員の娘)は、家宝を抱えて井戸に飛び込み自害したと伝えられている。
『吾妻鏡』によれば、文応元年(1260年)、北条政村(のちの七代執権)の娘は、能員の娘に祟られ、蛇のような狂態を見せるようになったが、鶴岡八幡宮の隆弁による加持祈祷によって快復した。
のちに政村は、比企氏の邸跡に、若狭局を蛇苦止明神として祀る当堂を建立しました。(後略)
〜Webサイト 鎌倉手帳(寺社散策)より〜
謂れ等を調べていると、何やらおどろおどろしい説があり、怖いもの見たさ⁉︎で通し読みしたが、自分は正直に言いますと蛇は苦手ですw
もっと読む| 住所 | 神奈川県鎌倉市大町1-16 |
|---|---|
| 行き方 | 「鎌倉駅」から徒歩10分(管理する「妙本寺」を目指し直近ですが、妙本寺境内神社ではなく住所が異なる場所です。) |
| 名称 | 蛇苦止明神(蛇苦止堂) |
|---|---|
| 読み方 | じゃくしみょうじん(じゃくしどう) |
| 通称 | 蛇苦止堂 |
| 参拝時間 | いつでも参拝可能です |
| 参拝にかかる時間 | 10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし(ヒント:「妙本寺」さま冠木門側の参道階段中腹のトイレを借用できると思います。) |
| ホームページ | http://www.myohonji.or.jp |
| ご由緒 | < 管理する「妙本寺」さまホームページからの引用
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