でまちみょうおんどう|臨済宗相国寺派大本山相国寺塔頭大光明寺飛地境内|梵王山
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先に投稿した 豊川稲荷大明神から歩いて10歩ほどの所にあります。
もしかしたら 豊川稲荷大明神はこちらの境内社なのかも知れません。
出町妙音堂・妙音弁財天は 1901年(明治34年)から現在の場所に祀られるようになったとも言われています。
妙音堂の本尊・青龍妙音弁財天画像は 鎌倉時代の1306年(徳治元年)に西園寺公衡の長女・西園寺寧子が第93代・後伏見天皇の女御になる際に 第二伝の念持仏として持参したものと言われています。
その後伏見離宮に祀られ 南北朝時代に北朝初代・光厳天皇 北朝第2代・光明天皇 北朝第3代・崇光天皇と伝承され 江戸時代の享保年間(1716年~1736年)に伏見宮第15代・貞建親王の伏見邸が出町北鴨口に移った際に一緒に移されました。
明治維新後の1869年(明治2年)に東京に移されたが 旧信徒の再三の請願によって現在の場所に堂宇が建立されて祀られるようになりました。
妙音堂は相国寺(しょうこくじ)の塔頭・大光明寺(だいこうみょうじ)の飛地境内です。
と紹介されていました。
授与品
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鴨川に架かる出町橋の西詰,買い物に来た人々の信仰を得ているのが,出町の妙音弁財天です。六角堂には弘法大師筆と伝える妙音弁財天の画像が祀られています。
この画像は北朝の崇光天皇から皇子で伏見宮家の始祖となられる栄仁(よしひと)親王へ伝えられ,伏見殿内に建立されたのが始まりです。江戸時代になって14代貞建(さだたけ)親王の時,宮家の移転により河原町今出川下る東側に遷座しました。18代貞敬(さだよし)親王によって邸内が一新され,妙音堂も改築され,庶民の参拝も許されるようになりました。
明治になって一旦東京の宮邸へ移されますが,明治34年,地元の人々の請願により旧宮邸に近い現在の地に鎮座されるところとなりました。
出町妙音堂の情報
| 住所 | 京都府京都市上京区青龍町266−3 |
|---|---|
| 行き方 | 京阪本線「出町柳」駅徒4分 |
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出町妙音堂の基本情報
| 名称 | 出町妙音堂 |
|---|---|
| 読み方 | でまちみょうおんどう |
| 通称 | 青龍妙音弁財天 |
| 参拝時間 | 境内自由 |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | なし |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 075-211-0454(大光明寺) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| おみくじ | あり |
詳細情報
| ご本尊 | 青龍妙音弁財天画像 |
|---|---|
| 山号 | 梵王山 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗相国寺派大本山相国寺塔頭大光明寺飛地境内 |
| 創建時代 | 元仁元年(1224年) |
| 開山・開基 | 西園寺公経 |
| ご由緒 | 鴨川に架かる出町橋の西詰,買い物に来た人々の信仰を得ているのが,出町の妙音弁財天です。六角堂には弘法大師筆と伝える妙音弁財天の画像が祀られています。
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| ご利益 | |
| 体験 |
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