ひびたじんじゃ(こやすみょうじん)
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楽しみ方比比多神社(子易明神)のお参りの記録一覧
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大山寺の次に比比多神社を参拝しました。 大山阿夫利神社と大山寺は、参拝者が沢山いたので流石、有名な所だなと思っていましたがここは3組ほどの参拝者で静かに参拝出来ました。
兼務社・4社の御朱印対応も行っているようです。 今回は、兼務社の参拝は予定してなかったので次回に伺う事があった時には巡ってみたいと思います。
比比多神社(ウキペディアより抜粋)
・天平の頃、当国守護染谷太郎時忠が国の安土・子宝を願って勧誘。 安産の祈祷に霊験あらたかであったと伝わっている。 後に醐醍天皇の勅願所となり、神階・御告文その他旧記等が天正18年(1590年)小田原落城時に失われた。 それ以降は神号『易産大明神』叉は『子易大明神』と称し、安産守護神として崇敬された。




比比多神社(ひびた~)は、神奈川県伊勢原市上粕屋にある神社。式内論社。祭神は神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ;=木花咲耶姫)。別名「子易(こやす)明神」と呼ばれている。
平安時代927年の『延喜式神名帳』に記載のある「相模国大住郡 比比多神社」に比定される2社のうちの1社。
奈良時代の天平の頃、相模国守護・染谷太郎時忠が国の安土・子宝を願って勧請し、安産祈願に霊験あらたかと伝わる。のち平安時代中期の10世紀初めに醍醐天皇の勅願所となり、延喜式神名帳に式内社として記載されたとしているが、1590年の小田原落城時に神階・御告文などの史料を失ったとされている。その後、神号を「易産大明神」、「子易大明神」と称し安産守護神として崇敬を集めたとのこと。
当社は、小田急小田原線・伊勢原駅の北西4kmほどの山裾にあって、ちょうど大山への坂道のスタート地点にあたる。ロードサイドの狭い敷地に建っていて、境内の広さ、社殿の大きさは<村の鎮守>サイズのごく一般的な神社だが、社務所に神職の方が常駐している。おそらく、普段から参拝者が多く来ていることが推察される。
今回は、相模国の式内論社の1社として参拝。参拝時は週末の昼ごろで、参拝者は若夫婦と思しき男女や、ランニング途中の若者、普通のおじさんなど、途切れることなく来ている感じだった。
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