しろこじんじゃ
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駐車場 | あり |
山形県のおすすめ2選🍁
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こちらも、上杉鷹山の本を読んで行った神社となります。
創建はかなり旧いようです。
江戸時代までは小野川温泉にある山伏寺である甲子大黒天本山(小町山宝珠寺)が隣に併設されてあったようです。
よって、山形県置賜地方を治めた長井氏・伊達氏・蒲生氏・上杉氏に深く信仰され、境内に山岳信仰の史跡が残っています。
入口に梵字が消された山岳信仰の板碑や一部破壊されて修復された石碑があります。明治時代の神仏分離令の廃仏毀釈によるものと思われます。
その横には、米沢藩中興の祖である上杉鷹山公(治憲公)が米沢入部した時にこの地に誓った倹約誓詞が石碑として伝えられています。正式に藤(藤原氏)とあり、花押も見ることが出来ます。
願い石もあります。願いを込めて持って帰り、願いが叶ったら返しにくる石です。したがって、ここにある石は願いが叶っている石しかありません。その横に昔から霊的な力として崇められていたような奇形の大杉も立っています。
平安時代に小野氏(小野小町の祖先一族)が関わって鎮守とされたことから、おそらくこの神社は、白子がよく育つようにと子孫繁栄を願って山岳信仰の中心として非常に大事にされた神社です。
獅子頭のような可愛い龍の御手水や水分大神もあります。地元では、養蚕の神様としても親しまれています。(地元の方の情報より)
【出羽國 古社巡り】(過去の参拝記録)
白子神社(しろこ~)は、山形県米沢市城北にある神社。旧社格は県社。祭神は、火産霊命、埴山姫命。江戸時代には「白子大明神」と呼ばれた。
社伝によると、奈良時代の712年の創建。平安時代の932年には出羽国国司・小野良春が社殿を再建、鎌倉時代には領主・長井時広が社殿を改修し、置賜郡総鎮守とした。その後、歴代領主に崇敬され、伊達氏、蒲生氏、上杉氏から米沢城鎮守とされた。江戸時代になると、米沢藩主・上杉氏より社領50石を拝領した。大正時代1917年の米沢大火により社殿を焼失、1924年に再建された。また昭和戦前に近代社格制度下の県社に列格した。
当社は、JR奥羽本線・米沢駅の西北西2kmの市街地の中、平地にある。米沢城址の北方600mの位置にある。境内南側は県道153号線に面しており、西側には堀立川が流れている。境内は旧県社としてはやや狭目か。ただ樹木が少ないため境内は明るく広く見える。
今回は、山形県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中、自分以外には参拝者は見掛けなかった。
境内南端入口にある<一の鳥居>と<社号標>。
境内の南側は幹線道路の県道153号線だが、高い塀や生垣などはなく開放的。
参道の起点にある<一の鳥居>。
参道左側の<手水盤>。屋根なしのシンプルな造り。
参道の左側に立つ境内社群。
参道右側の<神符 授与品 領布所>。
参道を進むと<二の鳥居>。
二の鳥居の左側の<狛犬>。個性的でインパクトのあるルックス。男前、やや怖め。
二の鳥居の右側の<狛犬>。こっちは見た目もっと怖め。(^_^;)
仔獅子が上向きで遊ぶ珍しいタイプ。
<拝殿>全景。シンプルで無駄のない造り。
<拝殿>正面。上部中央に扁額。
拝殿の左側は<社務所>と繋がっている。御朱印はこちら。
拝殿の右側にある<白子 市杵島姫 弁財天>。
拝殿後ろの<本殿>。
最後に社殿全景。シンプルな造り、なかなかのサイズで立派。(^▽^)/
雨が暫く振りそうではないので、上杉神社参道横の観光協会に寄って自転車を借りました。ゆるゆると歩いて散策しながらもよいのですが、雲行きが怪しいので急ぎます。和同5年(712)の創建の古社で、その由緒は、神のお告げによって桑林に蚕が生じ、桑を食べている光景は雪が降ったように白一色で、やがてその蚕は繭を作りました。この不思議な現象により、この地を白蚕(白子に由来する)村と呼び、神社を建て白蚕(白子)明神とした、というものです。御祭神は火産霊命、埴山姫命を祀っていますが、蚕とは無縁のような気がします。
社号標
一の鳥居
由緒書
道祖神・庚申塔
鷹山公誓詞
大正十四年(1925)奉納の燈籠
願い石
手水鉢
水分大神
境内社 三姫宮
境内社
二の鳥居
狛犬
燈籠
拝殿
扁額
本殿 大正六年(1917)に焼失し大正十三年(1924)に再建
境内社 弁財天?
白子神社の基本情報
住所 | 山形県米沢市城北2丁目3-25 |
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行き方 | JR山形新幹線・奥羽本線、米沢駅より徒歩35分
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山形県のおすすめ2選🍁
名称 | 白子神社 |
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読み方 | しろこじんじゃ |
通称 | 蚕菅神社 |
参拝にかかる時間 | 15分 |
参拝料 | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 0238-21-3482 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
ご祭神 | 火産霊命、埴山姫命 |
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創建時代 | 伝712年(和銅5年) |
体験 | 御朱印 |
Wikipediaからの引用
概要 | 白子神社(しろこじんじゃ)は現在の山形県米沢市城北2丁目(江戸時代の出羽国米沢藩の米沢城下、明神堂町北端)にある神社。祭神は火産霊命、埴山姫命。なお、神社名はこの地に蚕が生じ桑林が雪のように白くなったことによるとの伝承がある。旧社格は県社。江戸時代の城下絵図より旧名は「白子大明神」と分かる。 |
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歴史 | 歴史[編集] 伝承では和銅5年(712年)創建とされる。承平2年(932年)に出羽国国司の小野良春により社殿再建が行われる。 暦仁元年(1238年)に領主の長井時広により修理されて、置賜郡総鎮守とされ、以後の伊達氏時代にも崇敬され、文禄年間に蒲生氏郷により米沢城鎮守とされ、その後米沢城主となった上杉景勝重臣の直江兼続や上杉氏からも引き続き米沢城鎮守として崇敬された。慶長3年(1598年)には直江兼続が社殿修理を行う。 米沢藩主家・上杉氏より石高50石を拝領され、明暦2年(1655年)には境内での寄宿、伐木、殺生を禁止される。寛文4年(1664年)に上杉綱勝の急死による上杉綱憲の末期養子相...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「白子神社 (米沢市)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%99%BD%E5%AD%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E7%B1%B3%E6%B2%A2%E5%B8%82%29&oldid=79252046 |
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