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紀州東照宮ではいただけません
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きしゅうとうしょうぐう

紀州東照宮
和歌山県 紀三井寺駅

御朱印について
御朱印
あり

真ん中に大きく東照宮と書かれ、右上に紀州東照宮の印、真ん中に葵紋、紀州東照宮の印が押されています。
御祭神は徳川家康公と、家康公の十男であり初代紀州藩藩主の徳川頼宣公です。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

和歌山県のおすすめ🎏

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おすすめの投稿

らんでぃー
2023年01月22日(日)
342投稿

紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は関西の日光とも称される、江戸幕府初代将軍の徳川家康/東照大権現(とくがわいえやす/とうしょうだいごんげん)と家康の十男であり徳川御三家・紀州徳川家初代藩主の徳川頼宣/南龍大神(とくがわよりのぶ/なんりゅうたいしん)を祀る和歌山市和歌浦西にある東照社です。 元和7年(1621年)に頼宣が南海道(現在の和歌山県と四国4県)の総鎮護として創建した社殿は、総本宮である日光東照宮と同じく唐様権現造の社に左甚五郎(ひだりじんごろう)作と伝えられる彫刻、狩野・土佐両派の壁画が施され、東照宮独特の極採色に彩られた絢爛豪華な造りは見ていて溜息が出ます。 参道から「侍坂」と呼ばれる石段を登り参拝するのですが、段数108段程度と侮るなかれ。 これがけっこうな急勾配の階段で、据え付けられた手すりを頼りに転げ落ちないよう気を付けながらゆっくりと登ったものの、桜門に辿り着いた時には膝はガクガクです。 日頃の運動不足は否めません。 しかし、侍坂を登り切って振り返り、桜門越しに見る和歌浦の眺望は雄大で美しく素晴らしいものでした。 残念ながら境内は唐門より先が写真撮影禁止となっています。

紀州東照宮の鳥居

紀州東照宮・鳥居

紀州東照宮の鳥居

紀州東照宮・稲荷大明神社

紀州東照宮の末社

紀州東照宮・稲荷大明神社

紀州東照宮の建物その他

紀州東照宮・侍坂

紀州東照宮の山門

紀州東照宮・侍坂と桜門

紀州東照宮(和歌山県)

紀州東照宮・桜門

紀州東照宮(和歌山県)

紀州東照宮・唐門

紀州東照宮の手水

紀州東照宮・手水舎

紀州東照宮(和歌山県)

紀州東照宮・渡御蔵

紀州東照宮(和歌山県)

紀州東照宮・境内
 奉納された砲弾と「権現猿」の置物

紀州東照宮(和歌山県)

御朱印

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例祭・神事

5月第2日曜日 - 大祭(和歌祭)

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歴史

 紀州藩初代藩主・徳川頼宣公が、江戸幕府を開いた父・徳川家康をまつる社として、元和7年(1621)に建立した。豪華に装飾された社殿は、日光東照宮になぞらえて「関西の日光」とよばれ、参道には紀州藩の家臣が奉納した石灯篭がならぶ。創建時から伝わる例大祭「和歌祭」は、江戸時代の芸能風俗を今に伝える時代絵巻である。

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紀州東照宮の基本情報

住所和歌山県和歌山市和歌浦西2-1-20
行き方
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和歌山県のおすすめ🎏

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名称紀州東照宮
読み方きしゅうとうしょうぐう
通称権現さん
御朱印あり

真ん中に大きく東照宮と書かれ、右上に紀州東照宮の印、真ん中に葵紋、紀州東照宮の印が押されています。
御祭神は徳川家康公と、家康公の十男であり初代紀州藩藩主の徳川頼宣公です。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号073-444-0808
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://kishutoshogu.org
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神《主》徳川家康,《配》徳川頼宣
創建時代1621年(元和7年)
創始者徳川頼宣
本殿権現造
文化財

本殿・石の間・拝殿・瑞垣・唐門・回廊・楼門(重要文化財)

ご由緒

 紀州藩初代藩主・徳川頼宣公が、江戸幕府を開いた父・徳川家康をまつる社として、元和7年(1621)に建立した。豪華に装飾された社殿は、日光東照宮になぞらえて「関西の日光」とよばれ、参道には紀州藩の家臣が奉納した石灯篭がならぶ。創建時から伝わる例大祭「和歌祭」は、江戸時代の芸能風俗を今に伝える時代絵巻である。

体験御朱印重要文化財

Wikipediaからの引用

概要
紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦西にある神社。旧社格は県社。江戸幕府初代将軍の徳川家康(東照大権現)と紀州藩初代藩主・徳川頼宣(南龍大神)を祀る。 東照宮は雑賀山に位置する。雑賀山は和歌浦湾の入り江を眼下に納め、右手には天橋立のような片男波の砂嘴が延び、左手には北岸をみるまさに「扇の要」の位置である。西には和歌浦天満宮が、東には玉津島神社が位置する。
歴史
歴史[編集] 元和5年(1619年)、徳川家康の十男である徳川頼宣は紀州藩主になると、南海道の総鎮護として東照大権現を祀る東照社の建立を計画し、同年のうちに社殿が起工されると、元和7年(1621年)に完成した。 本殿には左甚五郎の作といわれている彫刻や、狩野探幽作の壁画があり豪華な造りである。関西の日光とも称された。『紀伊続風土記』によれば、境内は方八町で、宮山周囲50町余りであった。 別当寺として天台宗の天曜寺も建立され、天海大僧正が初代別当に就任している。 祭神は当初は東照大権現のみであったが、後に徳川頼宣も合祀されている。 明治時代になると神仏分離と廃仏毀釈により天曜寺は廃寺となっ...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 南海和歌山市駅、JR和歌山駅から和歌山バス新和歌浦方面行きに乗車し「権現前」下車、徒歩1分
行事
祭礼[編集] 5月第2日曜日 - 大祭(和歌祭)
引用元情報紀州東照宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%B4%80%E5%B7%9E%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE&oldid=100252440

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