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きしゅうとうしょうぐう

紀州東照宮
和歌山県 紀三井寺駅

御朱印について
御朱印
あり

真ん中に大きく東照宮と書かれ、右上に紀州東照宮の印、真ん中に葵紋、紀州東照宮の印が押されています。
御祭神は徳川家康公と、家康公の十男であり初代紀州藩藩主の徳川頼宣公です。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

和歌山県のおすすめ🎋

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おすすめの投稿

くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年06月24日(月)
1751投稿

玉津島神社の駐車場から出る際 カーナビをいじっていたら 近くに東照宮があると出ました。
なにぃ それはお参りしないわけにはいくまい。
東照宮の駐車場まで 車で5分もかかりませんでした。
紀州はもともと徳川御三家の国 そりゃ東照宮もありますわ。
道に面して一の鳥居 駐車場から参道に入るところに二の鳥居があります。
そこまではあまり感じなかったのですが 参道を歩いていくうちに だんだんと山を感じるようになります。
すぐお隣は小学校でした。
稲荷社でお参りし 侍坂を上り ようやく楼門へ。
楼門をくぐると すぐ左手に社務所があり 御朱印を拝受するとともに 本殿の説明を聞かせていただきました。
とても丁寧にお話いただき ありがたかったです。
社殿には 左甚五郎作の彫刻や 狩野探幽作の癖がなどがあります。
残念ながら 拝所から先は写真撮影禁止です。
何とか記憶に残したく 絵葉書を購入しました。
さすが東照宮だけあり 社殿はとても見事でした。

御祭神は 江戸幕府初代将軍の徳川家康(東照大権現)と紀州藩初代藩主・徳川頼宣(南龍大神)です。
元和5年(1619年) 徳川家康の十男である徳川頼宣は紀州藩主になると 南海道の総鎮護として東照大権現を祀る東照社の建立を計画し 同年のうちに社殿が起工されると 元和7年(1621年)に完成した。
本殿には左甚五郎の作といわれている彫刻や 狩野探幽作の壁画があり豪華な造りである。
関西の日光とも称されました。
当社を含めて一帯が 国指定史跡・名勝の和歌浦となっています。

参道を帰る途中 弁財天社を見つけ そちらにもお参りしました。
そこで気づいたのですが 参道の石畳が実は石橋になっている所がありました。
弁財天社の池に注ぐ川があったからでした。
またここで気づきがありました。
すぐお隣のような場所に もうひとつ神社を見つけたのです。
となれば こちらへもお参りです。

紀州東照宮(和歌山県)

駐車場にある石柱

紀州東照宮(和歌山県)

境内案内図

紀州東照宮(和歌山県)

正面石鳥居 二の鳥居です

紀州東照宮(和歌山県)

参道がすでに風格あります

紀州東照宮(和歌山県)

稲荷社

紀州東照宮(和歌山県)

鳥居は4基ありました

紀州東照宮(和歌山県)

日之出大神

紀州東照宮(和歌山県)

吉光大神

紀州東照宮(和歌山県)

稲荷社本殿

紀州東照宮(和歌山県)

陶器のおいなりさん

紀州東照宮(和歌山県)

本殿に続く石段 けっこうきつい

紀州東照宮(和歌山県)

108段の侍坂

紀州東照宮(和歌山県)

楼門

紀州東照宮(和歌山県)
紀州東照宮(和歌山県)
紀州東照宮(和歌山県)

三葉葵の紋

紀州東照宮(和歌山県)

神輿庫

紀州東照宮(和歌山県)

楼門の向こうに海

紀州東照宮(和歌山県)

拝殿前

紀州東照宮(和歌山県)

拝殿と拝所

紀州東照宮(和歌山県)

由縁

紀州東照宮(和歌山県)

砲弾が奉納されたんですね

紀州東照宮(和歌山県)

手水舎

紀州東照宮(和歌山県)

弁財天社

紀州東照宮(和歌山県)

由緒

紀州東照宮(和歌山県)

本殿

紀州東照宮(和歌山県)

七福神の祠

紀州東照宮(和歌山県)

参道が実は石橋になっていました

紀州東照宮(和歌山県)

権現不動堂

紀州東照宮(和歌山県)

東照宮会館

紀州東照宮(和歌山県)

一の鳥居

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例祭・神事

5月第2日曜日 - 大祭(和歌祭)

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歴史

 紀州藩初代藩主・徳川頼宣公が、江戸幕府を開いた父・徳川家康をまつる社として、元和7年(1621)に建立した。豪華に装飾された社殿は、日光東照宮になぞらえて「関西の日光」とよばれ、参道には紀州藩の家臣が奉納した石灯篭がならぶ。創建時から伝わる例大祭「和歌祭」は、江戸時代の芸能風俗を今に伝える時代絵巻である。

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紀州東照宮の基本情報

住所和歌山県和歌山市和歌浦西2-1-20
行き方
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名称紀州東照宮
読み方きしゅうとうしょうぐう
通称権現さん,和歌山東照宮
御朱印あり

真ん中に大きく東照宮と書かれ、右上に紀州東照宮の印、真ん中に葵紋、紀州東照宮の印が押されています。
御祭神は徳川家康公と、家康公の十男であり初代紀州藩藩主の徳川頼宣公です。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号073-444-0808
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://kishutoshogu.org
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神《主》徳川家康,《配》徳川頼宣
創建時代1621年(元和7年)
創始者徳川頼宣
本殿権現造
文化財

本殿・石の間・拝殿・瑞垣・唐門・回廊・楼門(重要文化財)

ご由緒

 紀州藩初代藩主・徳川頼宣公が、江戸幕府を開いた父・徳川家康をまつる社として、元和7年(1621)に建立した。豪華に装飾された社殿は、日光東照宮になぞらえて「関西の日光」とよばれ、参道には紀州藩の家臣が奉納した石灯篭がならぶ。創建時から伝わる例大祭「和歌祭」は、江戸時代の芸能風俗を今に伝える時代絵巻である。

体験御朱印重要文化財

Wikipediaからの引用

概要
紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦西にある神社。旧社格は県社。江戸幕府初代将軍の徳川家康(東照大権現)と紀州藩初代藩主・徳川頼宣(南龍大神)を祀る。 東照宮は雑賀山に位置する。雑賀山は和歌浦湾の入り江を眼下に納め、右手には天橋立のような片男波の砂嘴が延び、左手には北岸をみるまさに「扇の要」の位置である。西には和歌浦天満宮が、東には玉津島神社が位置する。
歴史
歴史[編集] 元和5年(1619年)、徳川家康の十男である徳川頼宣は紀州藩主になると、南海道の総鎮護として東照大権現を祀る東照社の建立を計画し、同年のうちに社殿が起工されると、元和7年(1621年)に完成した。 本殿には左甚五郎の作といわれている彫刻や、狩野探幽作の壁画があり豪華な造りである。関西の日光とも称された。『紀伊続風土記』によれば、境内は方八町で、宮山周囲50町余りであった。 別当寺として天台宗の天曜寺も建立され、天海大僧正が初代別当に就任している。 祭神は当初は東照大権現のみであったが、後に徳川頼宣も合祀されている。 明治時代になると神仏分離と廃仏毀釈により天曜寺は廃寺となっ...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 南海和歌山市駅、JR和歌山駅から和歌山バス新和歌浦方面行きに乗車し「権現前」下車、徒歩1分
行事
祭礼[編集] 5月第2日曜日 - 大祭(和歌祭)
引用元情報紀州東照宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%B4%80%E5%B7%9E%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE&oldid=100252440

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