ひえじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方日枝神社のお参りの記録一覧(2ページ目)

本日の寺社巡り8社目
豊川稲荷から歩いて来たけど蒸し暑い日にはちょっとキツイ😰
赤い鳥居の稲荷側から上っちゃったけど、反対側にエスカレーターあったのね💦帰りに知りました(T_T)
外国人、日本人どちらも多く賑わっていました
東京五社であり、東京十社でもある日枝神社
工事中なのか本殿手前でお詣りするようになっていました
宝物殿は開放されていて無料で見られました

















御朱印についてきたおまけ

ご利益は厄除け、安産、縁結び、商売繁盛、社運隆昌⛩️
赤坂での仕事前に参拝しました🙏
赤坂見附駅徒歩5分ほど🚶




手水舎

神門

本殿


日枝神社 旧官幣大社
主祭神
大山咋神
相殿神
國常立神
伊弉冉神
足仲彦尊
衛祭神大山昨神は須佐之男神の御孫神で、またの御名を山末之大主神と申上げる。
山水を司り、萬物の生成發展を守護し給ふ神である。
日枝神社の歴史は鎌倉時代初期に秩父重艦が江戸費主を名乗り、その居館に山王社を勧請したことに始まる。
文明年間には太田道灌が江戸城築城にあたり川越山王社を再勧請し、更に徳川家康入府以降は城内鎮守の神、将軍家の産土神と崇められ、紅葉山から麺町を経て萬治二年に当地に
移選された。
日本三大祭のひとつ、また江戸三大祭の筆頭として知られる山王祭は、江戸時代にはその神幸行列が城内に入り、将軍自ら上覧したことから天下祭また御用祭とも稱された。
明治維新によって江戸城は皇居となり、日枝神社は皇城鎖護の神として皇室の御崇敬殊に篤く大正天皇御即位富日には官幣大社の極位に列せられた。
昭和二十年五月の空襲によつて壮麗を極めた図賓の御社殿は灰燼に歸したが氏子崇敬者の赤説により昭和三十三年に再建され、星ヶ岡上に再び大社の威容を拝するに至つた。
氏子區域は鹿く千代田、中央、港、新宿區の七十鈴町に及び、生業の隆昌を始め子孫と家門の繁祭を守護し給ふその御神徳はまさに宏大無辺である。

東京都千代田区永田町に鎮座する日枝神社。東京メトロの永田町駅、赤坂見附駅、赤坂駅、そして溜池山王駅のいずれからも徒歩圏内という立地で、都心の真ん中にありながら深い緑に包まれた神域を構えています。御祭神は大山咋神、相殿には国常立神、伊弉冉神、足仲彦尊を祀ります。その起こりは鎌倉時代に遡り、江戸氏が山王宮を奉斎したことに始まります。その後、文明10年(1478年)、太田道灌が川越の仙波日枝神社から勧請し、江戸の守護神として篤く崇敬されるようになりました。江戸城を護る「皇城の鎮」としての歴史を背負い、徳川将軍家をはじめ多くの人々に信仰されてきた神社です。
「山王さま」の名で親しまれる日枝神社を訪れたのは、夜もすっかり更けた遅い時間帯でした。山王橋を渡ると、ちょうど神職の方がタクシーを見送っている場面に出くわしました。境内では社殿の改装工事が進められており、工事用の照明がほのかに境内を照らしていました。橋の手前で私は立ち止まり、タクシーを先に行かせたところ、その神職の方がこちらに深々と頭を下げてくださったのです。参拝者の一人に過ぎない自分にはもったいないほどの丁寧な所作に、思わず恐縮し、背筋を正さずにはいられませんでした。
時間が時間だけに、拝殿の前での参拝は叶わないことは百も承知。せめて神門前に立ち、心を込めて一礼し、お詣りをさせていただきました。その後、境内末社の山王稲荷神社にも足を運びました。赤い鳥居が連なる稲荷参道は「インスタ映え」すると評判で、朱色が連続する光景が幻想的に浮かび上がっていました。夜のため奥まで進むことは控え、チラリとその雰囲気を味わってから帰途につきました。
階段を降りる途中、思わぬ出来事がありました。すれ違った人物に「ひかわ神社はどこですか?」と声を掛けられたのです。階段の中央をふらつくように歩き、手にはダイヤカット加工の缶――一目で酎ハイと分かる飲み物を持っていました。いかにも酒気を帯びた口ぶりで、まともに取り合うのは得策ではないと判断し、会釈もそこそこに足早に外堀通りへと向かいました。日枝を「ひえだ」と誤読されるならまだしも、なぜ「ひかわ」なのかと、内心で首をかしげざるを得ませんでした。都心の一等地に鎮座する古社でさえ、このように読み間違えられることもあるのだと、妙に現実的な一幕を目の当たりにして、少し苦笑をこぼしながら神社を後にしました。

山王鳥居

神門

本殿


山王稲荷神社

東京十社 4社目 日枝神社
大きな三つの鳥居と、山王稲荷神社の千本鳥居が美しかったです。
銀座線赤坂見附駅から最短の出入り口から出られず、なぜか迷って大回りして到着…。
最初に目にしたのは、男坂のある表参道の鳥居でした(参拝するには大正解でした)。
猿田彦神社に関して。
庚申の日に、庚申祭を執り行われているんですね。
庚申信仰といえば、青面金剛と思っていたのですが…。
猿田彦大神が祀られてるものもあるんですね。お勉強になりました。
ウィキペディアより、庚申信仰の一部引用させていただきます。
↓
青面金剛、猿田彦神
庚申信仰では青面金剛と呼ばれる独特の神体を本尊とするが、これは南方熊楠によればインドのヴィシュヌ神が転化したものではないかという。 石田英一郎によれば青面金剛にはまた馬頭観音(インドのハヤグリーヴァ)との関連性も見られるという。
庚申信仰はまた神道の猿田彦神とも結びついているが、これは「猿」の字が「庚申」の「申」に通じたことと、猿田彦が塞の神とも同一視され、これを「幸神」と書いて「こうしん」とも読み得たことが原因になっているという。
日枝神社HP 庚申祭の部分を引用します。
https://www.hiejinja.net/events/koushin/
↓
猿田彦大神は、皇孫命を御先導申し上げた御事績により道案内の神として信仰されています。
私たちが人生の岐路においていずれの道を進むべきか思案にくれるとき、その行路の別れ道(岐・ちまた)にあって、御神徳を発揮されます。
山崎闇斎は「道は日神(天照大御神)の道にして、教へは猿田彦の導く所なり」と、庚申信仰の神髄を説きました。
二ヶ月に一度巡ってくる大神由縁の庚申(かのえさる)の日に御参拝いただき宏大な神徳に浴されますよう御案内申し上げます。

山王橋の鳥居

稲荷神社の鳥居近く。
西参道の鳥居

表参道の鳥居

鳥居と男坂







狛犬がお猿様


御朱印。年代別の復刻御朱印

東京十社の御朱印帳忘れたので、書置きを頂きました。

書置きだと、ミニファイルが付いた。3種あり。

一番年代の古い復刻御朱印を書き入れていただく。





左側半分が山王稲荷神社。
右側が八坂神社、猿田彦神社。

参拝後は、稲荷神社の千本鳥居を通りました。



最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ

































































































17
0