ひえじんじゃ
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楽しみ方日枝神社のお参りの記録一覧
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東京都千代田区永田町に鎮座する日枝神社。東京メトロの永田町駅、赤坂見附駅、赤坂駅、そして溜池山王駅のいずれからも徒歩圏内という立地で、都心の真ん中にありながら深い緑に包まれた神域を構えています。御祭神は大山咋神、相殿には国常立神、伊弉冉神、足仲彦尊を祀ります。その起こりは鎌倉時代に遡り、江戸氏が山王宮を奉斎したことに始まります。その後、文明10年(1478年)、太田道灌が川越の仙波日枝神社から勧請し、江戸の守護神として篤く崇敬されるようになりました。江戸城を護る「皇城の鎮」としての歴史を背負い、徳川将軍家をはじめ多くの人々に信仰されてきた神社です。
「山王さま」の名で親しまれる日枝神社を訪れたのは、夜もすっかり更けた遅い時間帯でした。山王橋を渡ると、ちょうど神職の方がタクシーを見送っている場面に出くわしました。境内では社殿の改装工事が進められており、工事用の照明がほのかに境内を照らしていました。橋の手前で私は立ち止まり、タクシーを先に行かせたところ、その神職の方がこちらに深々と頭を下げてくださったのです。参拝者の一人に過ぎない自分にはもったいないほどの丁寧な所作に、思わず恐縮し、背筋を正さずにはいられませんでした。
時間が時間だけに、拝殿の前での参拝は叶わないことは百も承知。せめて神門前に立ち、心を込めて一礼し、お詣りをさせていただきました。その後、境内末社の山王稲荷神社にも足を運びました。赤い鳥居が連なる稲荷参道は「インスタ映え」すると評判で、朱色が連続する光景が幻想的に浮かび上がっていました。夜のため奥まで進むことは控え、チラリとその雰囲気を味わってから帰途につきました。
階段を降りる途中、思わぬ出来事がありました。すれ違った人物に「ひかわ神社はどこですか?」と声を掛けられたのです。階段の中央をふらつくように歩き、手にはダイヤカット加工の缶――一目で酎ハイと分かる飲み物を持っていました。いかにも酒気を帯びた口ぶりで、まともに取り合うのは得策ではないと判断し、会釈もそこそこに足早に外堀通りへと向かいました。日枝を「ひえだ」と誤読されるならまだしも、なぜ「ひかわ」なのかと、内心で首をかしげざるを得ませんでした。都心の一等地に鎮座する古社でさえ、このように読み間違えられることもあるのだと、妙に現実的な一幕を目の当たりにして、少し苦笑をこぼしながら神社を後にしました。
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東京十社 4社目 日枝神社
大きな三つの鳥居と、山王稲荷神社の千本鳥居が美しかったです。
銀座線赤坂見附駅から最短の出入り口から出られず、なぜか迷って大回りして到着…。
最初に目にしたのは、男坂のある表参道の鳥居でした(参拝するには大正解でした)。
猿田彦神社に関して。
庚申の日に、庚申祭を執り行われているんですね。
庚申信仰といえば、青面金剛と思っていたのですが…。
猿田彦大神が祀られてるものもあるんですね。お勉強になりました。
ウィキペディアより、庚申信仰の一部引用させていただきます。
↓
青面金剛、猿田彦神
庚申信仰では青面金剛と呼ばれる独特の神体を本尊とするが、これは南方熊楠によればインドのヴィシュヌ神が転化したものではないかという。 石田英一郎によれば青面金剛にはまた馬頭観音(インドのハヤグリーヴァ)との関連性も見られるという。
庚申信仰はまた神道の猿田彦神とも結びついているが、これは「猿」の字が「庚申」の「申」に通じたことと、猿田彦が塞の神とも同一視され、これを「幸神」と書いて「こうしん」とも読み得たことが原因になっているという。
日枝神社HP 庚申祭の部分を引用します。
https://www.hiejinja.net/events/koushin/
↓
猿田彦大神は、皇孫命を御先導申し上げた御事績により道案内の神として信仰されています。
私たちが人生の岐路においていずれの道を進むべきか思案にくれるとき、その行路の別れ道(岐・ちまた)にあって、御神徳を発揮されます。
山崎闇斎は「道は日神(天照大御神)の道にして、教へは猿田彦の導く所なり」と、庚申信仰の神髄を説きました。
二ヶ月に一度巡ってくる大神由縁の庚申(かのえさる)の日に御参拝いただき宏大な神徳に浴されますよう御案内申し上げます。
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