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小國神社のお参りの記録一覧
静岡県 遠州森駅

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惣一郎
惣一郎
2022年03月05日(土)1269投稿

【遠江國 式内社巡り】

小國神社(おくに/おぐに~)は、静岡県周智郡森町一宮にある神社。式内社で、遠江國一之宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は大己貴命。小國神社の十二段舞楽は「遠江森町の舞楽」として国指定の重要無形民俗文化財。

創建は不詳。社伝によると、欽明天皇16年(555年)某日、近隣の本宮山に神霊が示現し、勅命による社殿を造営したことに始まる。国史の初見は『続日本後紀』840年条に神階奉授の記載がある。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「遠江國 周智郡 小國神社 小」に比定されている。皇族、武将の信仰が篤く、遠江國一之宮として崇敬を受けた。戦国時代の1572年に甲斐の武田信玄が遠江に侵攻した際に、当社は徳川家康側につき、1575年に徳川家康が社殿を再建、江戸時代に入ってからも歴代将軍が社殿の造営、営繕、社領の寄進を行い、朱印地は590石に及んだ。明治時代に入り、近代社格制度のもと県社に列格し、その後国幣小社に昇格した。

当社は、天竜浜名湖鉄道・円田駅の北方4kmほどの丘陵地帯の平らな場所にある。境内は広大で、駐車場のある境内入口から太く長いまっすぐの参道を歩くと、神聖な空気が漂う社殿周りに辿り着き、大きな鳥居をくぐった突き当りには、横に長い翼殿を備えた大きな拝殿が構えている。瑞垣で囲われた神域は広く、最奥の本殿はどの角度からでもはっきりとは見えないほど。さすが一之宮と思わせるに十分な風格。

今回は、遠江國の式内社、一之宮、旧国幣小社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は平日の昼ごろで、平日にもかかわらず駐車場に常時数十台のクルマが停まっており、家族連れを中心に多くの参拝者が訪れていた。

小國神社の鳥居

境内南端入口の<一の鳥居>と<社号標>。左側は「小國ことまち横丁」という茶店街、右側は駐車場。

小國神社の末社・摂社

鳥居をくぐって進み、左側の茶店街脇にある<飯王子社>。

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のぶさん
のぶさん
2021年08月14日(土)1661投稿

創祀年代は不詳。社伝によると、欽明天皇16年乙亥(555)2月18日、本社南東6Kmにある、本宮山(480m)に創祀され、のちに現在地に移され、大宝元年(701)、十二段の舞楽が授けられたという。いくつかの資料には欽明天皇18年乙亥とあるが、『式内社調査報告』によると、乙亥は16年になる。

以来、2月18日を例祭日としてきたが、明治8年になって4月18日に変更された。

本宮山山頂には、現在、境外摂社・奥磐戸神社(奥宮)があり、大己貴命荒魂を祀っている、神仏習合の影響が強く、本宮山の祭祀は、神宮寺社僧によって執り行われており、もともと神奈備山として信仰されていたものではなく、神宮寺による密教的付会ではないかという説もある。

が、本宮山は、海から目印の山として漁師からの信仰も篤い。さらに、小國神社から、本宮山を経由して、秋葉山、竜頭山、井戸口山、山住山と続く道は、遠州と信州を結ぶ塩の道でもあった。

「小国」の社名は、出雲の大本宮(出雲大社)に対する美称であるという。

「許当麻知(コトマチ)神社」「事任(コトノママ)神社」とも呼ばれていたようで、これは、境内の事待池に由来する。願掛けをして、願いがかなうと、この池に鯉を放つという。

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