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楽しみ方久能山東照宮のお参りの記録一覧
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東照宮三社揃いました⛩️
久能山東照宮 静岡県静岡市⛩️
(二代将軍秀忠公造営)
世良田東照宮 群馬県太田市⛩️
(徳川家御先祖新田源氏得川氏発祥の地)
日光東照宮 栃木県日光市⛩️
(三代将軍家光公造営)
久能山東照宮ー富士山ー世良田東照宮ー
日光東照宮と地図上で一直線に繋がります。
西軍からの侵攻に対し関東を守るため
東照大権現となり結界を張り
死後も江戸幕府の安泰を願いました。
江戸から日本の首都東京になった今でも
東照大権現様はその名のごとく
東を照らし首都東京を御見守り
下されている事でしょう😊
家ちゃんありがとう🌈
新田源氏得川氏については本拠地が
現群馬県太田市世良田町にあった事から
祖父の清康公より世良田二郎三郎清康と
名乗っており、松平家は源氏の嫡流である
と知らしめておりました。
その後、家康公が朝廷から三河守護を
賜る際に松平から得川への改名案が
なされましたが、得川氏は滅亡している
ことから不吉だとし、徳川へ改名。
現第19代徳川宗家徳川家広氏所蔵家系図
では 得川氏→松平氏→徳川氏
となっており、系図買いをした可能性大
ではありますが、時の権力者が望ん事
黒でも白と致しましょう。

徳川家康公の人生は絶対絶命のピンチの
連続。父は家臣に暗殺され、母とは離別
織田氏、今川氏へと人質生活。
その後今川氏から独立し、本拠地三河へ
帰って来たのは良いけれど
統治失敗三河一向一揆。
織田氏と同盟したけれど
信長公スローガン天下布武に駆り出され
援軍要請で戦の日々。からの妻子抹殺命令。
今度は武田信玄公の西上作戦で滅亡寸前。
本能寺の変では明智光秀公に追われ
命からがらの伊賀越え。
豊臣秀吉公に恭順するも近畿から関東へ
左遷させられ天下分け目の関ヶ原。
念願の武家の棟梁征夷大将軍へ就任し
大阪の陣で豊臣氏を滅亡へと追い込み
まさに死ぬまで戦に明け暮れた人生でした。
振り返えってみるとまるで神様のお力に
よって生かされていたかのように
何度もピンチを乗り越え
見事に泰平の世を築きました。
大阪夏の陣より二年後
役目を終えたかのように天に召され
たどり着いた人生哲学。
東照宮御遺訓
苦労人だからこその後世にも響く
素晴らしいお言葉、誠にありがとうございます😊
安らかにお眠り下さいと言いたいけれど
今の日本の政治はいかがでしょうか?
もしも徳川家康が総理大臣になったら?
映画のように再び家ちゃんに日本の舵取りを
是非ともお願いしたいものです🙇♀️






中学生の時のバス旅行で久能山東照宮には来ている。日本平をくねくねとバスで登り、ロープウェイに乗ったのだ。ということで、今回はロープウェイ料金をケチり、海沿いにある一の鳥居下のバス停から歩こう!と思ったのである。
久能山下側にある石鳥居から数えて1159段の段数を誇り、1159の数字に文字が当てられ「いちいちご苦労さん」と呼ばれています。静岡鉄道日本平ロープウェイが開通(昭和32年)するまでは、この石段のみが東照宮への参拝路でした。 909段上がったところにある一の門から見る駿河湾の景色は絶景です。標高270mの久能山。潮風と樹木の香りに心洗われながら駿河湾の絶景をお楽しみください。石段を登り切ると国宝の絢爛豪華な社殿との出会いが待っています。(静岡市のページより)
頂上まで難なく辿り着き、そこから見下ろした景色は絶景であった。
中学生の時に味わえなかったものだ。と言っても当時の私は東照宮もロープウエイも日本平も興味なく、行きたくもなかったのだ。日本平のくねくね道で胃が痛くなったのと、久能山のいちご狩りで🍓を食べ過ぎてお腹を壊した記憶しかない。当時の私は、家庭の事情で給食しか食べていない生徒だった為、多分、元を取るほどに🍓を食べたのだろう。
本当に東照宮の記憶はないのだ。
だが!侮るなかれ。ここまでしかロープウエイ、または車(特別)で来られないとなっている入場口からの石段。これは一段がかなり高いのだ。私なんぞは足が短いもんだから、腿上げをして90度の角度になる感じだ。
2日後まで腿が筋肉痛。。。
80代後半の男性と石段で話をした。入口までは楽に来たけど、大変だ。けれども、来られて良かったと喜んでおられた。
思うに、昔の神社、お寺とは、そんな参拝の喜びなんかもあったのではないだろうか。例えば、身延山久遠寺や江ノ島神社など。今ではエスカレーターで行けるようだが、山を登ることがいいのだ。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば困窮したるときを思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。
勝つことばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり」
徳川家康公のこの言葉が似合うのは、まさにここ久能山東照宮であるかもしれない。
御朱印は、杉の樹の皮を薄く削いだもので、杉の樹の良い香りがいまでもしている。
芝増上寺内にあった東照宮で杉の樹の栞を頂いてから東照宮廻りにハマった私であるが、東照宮には杉が良く似合う。
酷暑尚 いちいちごくろう 久能山
https://note.com/shaludone1/n/n5b7fd48f4e1d
今回のバス旅のドタバタは、こちらに。
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