ひえいざんえんりゃくじ|天台宗|比叡山
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天台宗 総本山 比叡山
比叡山は、京都と滋賀の県境にあり、東には琵琶湖を眼下に望み、西には古都京都の町並を一望出来る山の中にある寺院。
「延暦寺」とは、比叡山の山内にある1700ヘクタールの境内地に点在する約100ほどの堂宇の総称で、延暦寺という一棟の建造物があるわけではなく、山内を地域別に、「東塔」「西塔」「横川」の三つに区分されていてそれぞれに本堂がありました。
ゆっくり境内を参拝すると3つのエリアを回るのに半日くらいかかりました。
国宝の根本中堂の大改修が平成28年から行われており外観は覆われていた為拝観する事は出来なかったけど、修学ステージを渡り普段は見れない改修の様子を見学する事が出来ました。


【近江國 古刹巡り】
延暦寺(えんりゃくじ)は、滋賀県大津市坂本本町にある天台宗の総本山の寺院。山号は比叡山。本尊は薬師如来。「古都京都の文化財」としてユネスコの世界遺産に登録されている。東塔の根本中堂などが国宝、東塔の根本中堂回廊、文殊堂、大講堂、戒壇院、阿弥陀堂鐘楼、山王社、西塔の釈迦堂、鐘楼、常行堂、法華堂、横川の鐘楼、四季講堂(元三大師堂)、元三大師御廟拝殿などが国指定の重要文化財。
創建は奈良時代の788年、天台宗開祖の最澄が現在の根本中堂のある場所に建立した一条止観院に始まる。時の桓武天皇に帰依と天皇側近の和気氏の援助を受け、国家鎮護の道場として栄え始めた。最澄は804年に遣唐使の一員として唐に渡り、天台教学、大乗菩薩戒、密教、禅宗を学んで帰国、806年に天台教学を基にした教義が天台法華宗として認められた。最澄の死後、822年に独自に僧を養成することができる大乗戒壇の設立と、823年に建立時の元号を用いた延暦寺の寺号の使用を嵯峨天皇から認められた。これにより、仏教教学の権威となって、円仁や円珍など仏教史に残る名僧を輩出し、鎌倉仏教を開いた浄土宗宗祖の法然、浄土真宗宗祖の親鸞、臨済宗宗祖の栄西、曹洞宗宗祖の道元、日蓮宗宗祖の日蓮、時宗宗祖の一遍が当寺で修行している。
平安時代後期になると次第に武装化を進め、戦国時代に至るまでにほぼ独立した勢力となったが、1571年に織田信長に焼き打ちにされ弱体化した。その後、豊臣秀吉や徳川家康により僧坊が再建され、現在の根本中堂は徳川家光が再建した。明治に入り、神仏分離令の下、日吉大社を分離した。
当寺は、滋賀県大津市阪本本町にあり、滋賀県から京都府にまたがる比叡山全域が境内で、広さは約1,700ha(東京ドーム363個分)ある。延暦寺はこの境内にある堂宇の総称で、大きくは東塔、西塔、横川の3つのエリアに分けられる。国宝の根本中堂があるのは東塔エリア。各エリアはそれなりに離れているが、車であれば機動的に参拝して廻ることが可能。なお車の場合は境内の道路(奥比叡ドライブウェイ)全域が有料道路なので、逆に各エリアの駐車場は無料。
今回は、天台宗の総本山、ユネスコの世界遺産の構成資産であることから参拝することに。参拝時は休日の早朝から午後にかけてで、天気がイマイチすぐれない日であったこともあり、そこそこの人数の参拝者しか見掛けなかった。
※延暦寺の山内は、大きく分けると「東塔」、「西塔」、「横川」の3つの区域に分かれているが、参拝した東塔、西塔、横川の順にご紹介。
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