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楽しみ方仙波東照宮のお参りの記録一覧
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✨小江戸川越✨ 散策⑧
喜多院の賑わいから『仙波東照宮』に一歩足を踏み入れると、別世界のような静寂に包まれていました。
仙波東照宮と喜多院は、単なる隣接施設という関係を超え「徳川家康公の霊を祀る」という共通の目的によって結ばれた運命的な関係にあります。
◯家康公の足跡: 元和2年(1616)に没した徳川家康の遺骸が、久能山から日光山へ改葬される道中、元和3年(1617)に川越の喜多院にて4日間にわたり留め置かれ、盛大な法要が営まれました。この出来事が、後の仙波東照宮創建のきっかけとなります。
◯ 天海僧正の存在: 喜多院の第27世住職であった天海僧正は、家康公の厚い信任を得ていた高僧です。彼は家康公を深く崇敬し、寛永10年(1633)に喜多院境内に『仙波東照宮』を建立しました。
かつて天海僧正が家康公の霊を弔い、平和な世を願ったその場に立ち、同じ空気に触れることができました😊
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小江戸・川越の寺社巡り、2カ所目は仙波東照宮にお伺い…川越八幡宮への参拝の後に、徒歩での訪問です。
この後、3カ所目として参拝した「喜多院と境内がつながっている」…というか、そもそもが、家康公の没後に、遺骸を久能山から日光へ移葬する道中で、喜多院へ4日間寄って供養したことから、この地に「仙波東照宮」として創建された、という経緯があるとの事なので、これは「喜多院の境内に鎮座する」という方が正確なのかなぁと😁
「どろぼうばし」を経由して喜多院の境内へ入り、仙波東照宮へ訪問。
いったん正面の入口へ回り込み、ともに国指定の重要文化財である「随神門」と「石鳥居」を通ってから、石段の上にある拝殿へ進んでご挨拶して参りました。
御朱印は1カ所目の訪問先「川越八幡宮」にて、御朱印帳への書入れにて頂戴したのですが…左下の押印の向きを間違えた、という事で、初穂料は不要との事でした…滅多にないことなので、レアものの御朱印を頂くことができた、という事でラッキーだったかも😅
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この日、凡そ2年ぶりでの川越散策。 今回は前回廻れなかった川越駅北部エリア、喜多院の南側に隣接している仙波東照宮にもお詣りです。 仙波東照宮は、明治の神仏分離令によって喜多院の管理を離れ、現在は川越八幡宮の境外社として祀られています。 元和2年(1616年)、駿府で徳川家康公(とくがわ いえやす)が亡くなり、その遺骸が静岡から日光山へ移される途中、天海僧正(てんかい)によって喜多院で四日間の法要が営まれました。 これを契機に喜多院の境内に東照宮が祀られ、寛永10年(1633年)に社殿が造営されたと伝えられています。 寛永15年(1638年)の寛永の大火で一度は焼失したものの、すぐに徳川家光(とくがわ いえみつ)の命により復興が進められ、現在の社殿は寛永17年(1640年)に再建されたものです。 鮮やかな色彩と漆の光沢がひときわ目を引く本殿をはじめ、唐門、瑞垣、拝殿、幣殿、随身門、そして石鳥居に至るまで、すべてが国の重要文化財に指定されています。 長い石段を上った先に社殿があり、本家の日光東照宮と比べると質素でこじんまりとした印象ではありますが、本殿・拝殿の周囲には、歴代の川越藩主が奉納した26基の石灯籠が立ち並び、日光東照宮の片鱗を偲ばせていました。
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