ひかわにょたいじんじゃ
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楽しみ方氷川女體神社のお参りの記録一覧
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釈迦院を出て本日の最終目的地の氷川女體神社を目指す。
グーグルで調べると、電車利用で70分。徒歩は90分。
ん~…徒歩に決定!!
地図を頼りに進むと、東北自動車道の脇を延々と4キロも歩く…
【もはや、後悔先に立たず…】
やっと高速から離れると、のどかな田園・花畑が現れる。
見沼区の緑地帯の公園らしく、散歩・散策の方が多く疲れも癒されました。
で、やっとの思いで、神社に到着。
ここも、裏から近づいたのだが、うっそうとした木々の小高い丘にあります。
一ノ宮と言うこともあり、参拝者の出入りは多かったです。
本殿の裏側には、小さな祠が10近くあり、様々な神様を祀ってました。
10月も下旬ですが、20度を超える気温と8キロ近くも歩いたので、
結構な汗だく状態でしたが、ゆっくりと涼みながらお参りしました。
帰りも当然ながら東浦和駅まで徒歩。
自宅に帰宅し本日の歩数を見ると34800歩。本年最高記録!!
【明日、明後日が怖い…】



氷川女體神社(ひかわにょたい~)は、埼玉県さいたま市緑区にある神社。『延喜式神名帳』に記載のある「武蔵国足立郡 多気比売神社」の論社。武蔵国一之宮を称し、全国一之宮会加盟社。旧社格は郷社。主祭神は奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)で、氷川神社の主祭神・須佐之男命の妻。
社伝によると、創建は崇神天皇年間(6~7世紀)、出雲大社から奇稲田姫命を勧請して創建と伝わる。明治期に出版された『大日本地名辞書』では延喜式神名帳の「多気比売神社」の論社としているが、桶川市篠津の<多氣比賣神社>とする説が有力。
江戸期には徳川家康より社領を寄進され、徳川家綱は現存の社殿を造成した。また時代劇で有名な大岡越前守忠相が町奉行から寺社奉行に昇格した際、直ちに当社社殿を修復したとのこと。
江戸中期、18世紀前半の大規模新田開発までは、この周囲は広い沼地で、その見沼は神沼とされ、見沼周辺に建つ当社、氷川神社(大宮区高鼻)、中山神社(見沼区中川)は三社一体で氷川神社として奉斎されたとする神社明細帳控の記述もある。
江戸時代の神道家・橘三喜が当社から全国一之宮巡礼を始めたことから、全国一之宮巡礼発祥の地といわれている。『江戸名所図会』にも登場し、「元簸河神社」という名称で記載されている。
当社は、JR武蔵野線・東浦和駅の北2kmあまりの住宅街の中にあり、見沼氷川公園に隣接している。境内は小さな丘の上にあり、境内は自然のままの姿が多く残されており、広さは小さめの郷社といったところ。
参拝時は週末の午後で、参拝者はぱらぱらと来ていた。
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