つゆのてんじんじゃ(おはつてんじん)
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楽しみ方露天神社(お初天神)のお参りの記録一覧
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露天神社(つゆのてんじんじゃ)
~菅公聖蹟二十五拝~
主祭神 大己貴大神
少彦名大神
天照皇大神
豊受姫大神
菅原道真公
社格等 郷社
創建 大宝元年(700年)頃
本殿様式 神明造
別名 お初天神
札所等
菅公聖蹟二十五拝
この地はかつて曾根崎洲という大阪湾に浮ぶ孤島で、そこに「住吉住地曾根神」と祀っていたとされます。創建は西暦700年頃とされ、「難波八十島祭」旧跡の一社とされています。
社名は、「梅雨のころに神社の前の井戸から
水がわき出たため」という他、
菅原道真公が太宰府へ左遷される途中、
こちらで都を偲んで、
露とちる 涙に袖は朽ちにけり
都のことを思い出づれば
詠まれました。
また、かつては難波神明宮とも呼ばれ、
日本七神明
(東京芝神明宮、京都松原神明宮、京都東山神明宮、大阪難波神明宮、加賀金沢神明宮、信濃安曇神明宮、出羽湯殿山神明宮)
の一つにも挙げられました。
近世では摂津国西成郡曾根崎村
(キタの西半)が氏地となります。
近松門左衛門のいた頃の天神の境内は
560余坪の広さがあり、近松は当時の天神の様子を「影暗く風しんしんたる曽根崎の森」、
「天神の森」と書き記すほど木が鬱蒼と茂っていたそうです。しかし、太平洋戦争による戦火と、その後の社殿復興のための境内の切り売りが行われ、現在の広さとなりました。
お初天神
元禄16年(1703年)に堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が「天神の森(現在の社の裏手)」にて心中を遂げます。
一月後近松門左衛門はこの二人の悲恋を人形浄瑠璃『曽根崎心中』として発表したところ、当時の大きな話題となりました。
事件の神社は一躍有名となり、そのヒロインである「お初」の名前から以後今日に至るまで通称「お初天神」と呼ばれます。
曽根崎心中の中では「三十三に御身を変へ、色で導き情けで教へ、恋を菩提の橋となし、渡して観世音、誓ひは妙に有難し」
とお妙の名と観音信仰をかけてあります。
境内社
玉津稲荷
祓戸大神・御井神
金刀比羅宮・水天宮
(御祭神:天乃御中主大神、安徳天皇、大物主大神、崇徳天皇、住吉大神、他二柱)
開運稲荷社
(御祭神:玉津大神、天信大神、融通大神、磯島大神)
難波神明社
(御祭神:天照皇大神・豊受姫大神)
大阪三神明の夕日神明社。
表参道 裏参道 東参道 西参道があります。
大阪市北区曽根崎2-5-4
もっと読む
露天神社 お初天神です。
「お初天神」の名で広く知らていて、正式名称を露 天神社(つゆのてんじんしゃ)というそうです。
元禄16年(1703年)に当神社の境内で実際にあった心中事件を題材に、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」を書きました。以後、そのヒロインの名前「お初」にちなんで「お初天神」と呼ばれるようになったそうです。
書き置きをいただきましたが、浄瑠璃の印もカラフルに押してあり綺麗な和紙に御朱印がかかれています。日付を丁寧に書き入れていただきました。
私ごとですが…昨日コロナワクチン3回目を接種し、2回目までは全く副反応なかったのですが3回目で熱発と身体の痛みで今日は、ホトカミ様への投稿を一気にしています。
お初天神にも
悪疫退散
と書いています。
早く退散してほしいものです。
大阪府のおすすめ3選🎍
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