どうじまやくしどう|法相宗
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堂島薬師堂について
堂島薬師堂は、奈良・西の京にある法相宗大本山薬師寺の管轄にあり、毎月1回・護摩供養、節分の時節には「節分祭」が行われ地域の人に親しまれています。
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ホトカミマップに掲載されていたのでお詣り・・・ってなんじゃこりゃぁ😲池の周りに巨大なミラーボールのようなものがあり、近づいてみると堂島薬師堂の石標。堂島アバンザの敷地内であり、さすが大阪らしいと思っていたら表に奈良・薬師寺の僧侶による供養があるとの張り紙😲どういうこと?と思ったらお堂自体は聖徳太子が四天王寺建立の際に難破した資材運搬船が漂着した島(中州)に堂宇を建てたのが起源とのことで国内でも最古級の由緒をもつ御堂だそうです😲「堂島」の由来もこのお堂が立つ島だったからだそうで、大阪も結構来てるけど知らんかった🤣拝所に来ると確かに「御堂」で扁額などはお寺らしさを感じます(と言っても新しいけど)。
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堂島薬師堂は今から1400年余り前の推古天皇元年(593年)、勅命により聖徳太子が最初の官寺となる四天王寺を造営した際、難破した資材運搬船が漂着した洲(しま)に「堂宇」を建てたのが起源と伝えられ、「なにわの守護」として古くから信仰を集めてきました。「堂島」の地名はこのお堂が由来で、国内最古のお堂の一つと言われています。かつては堂島薬師堂には井戸があり、その水を汲んでお薬師さんにお供えする慣わしがありました。
戦後、毎日新聞社が増築した際、敷地内に祀られていた薬師堂を敷地東向いの社有地に移設しました。そして、堂島アバンザを建設するにあたり、奈良・薬師寺と地元の堂島薬師堂奉賛会の要請もあり、かつてあった場所に戻りました。
以前の御堂は瓦屋根の日本的な建物でしたが、現在の御堂は、現代的なビルと調和を図るため、ミラーガラスと石で構成したモダンなデザインとなっています。形はミラーガラス127枚を組み合わせた直径7mの球状です。球体は無限に広がる宇宙や天体、そして如来像の永久的なイメージを感じさせます。外装の銀色のガラスは、御本尊として祀っている薬師瑠璃光如来にあやかっています。「瑠璃」は「ガラス」の意味があります。
御堂の周囲には水鏡のような円形の池(直径20m)を巡らせ、池には蓮の花を模したオブジェが配置されています。池に囲まれた正面には、堂島薬師堂奉賛会から寄贈された「合掌」をモチーフとした燭台アート、さらに欄干を兼用したベンチが設置されています。街角からビルへのアプローチとして木製ブリッジ、対面には「コブシ」の大木があります。橋は御堂への参道、コブシは鎮守の森をイメージしています。
堂島薬師堂の情報
| 住所 | 大阪府大阪市北区堂島1-6-20 |
|---|---|
| 行き方 | Osaka Metro四つ橋線 西梅田駅 7-B出口 徒歩約4分
|
堂島薬師堂の基本情報
| 名称 | 堂島薬師堂 |
|---|---|
| 読み方 | どうじまやくしどう |
| 参拝時間 | 24時間 |
| 参拝にかかる時間 | 約5分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | アバンザ堂島内 |
| ホームページ | https://www.kita-shinchi.org/omizukumi.html |
詳細情報
| ご本尊 | 薬師瑠璃光如来(ご本尊) 弘法大師 地蔵菩薩 豊川稲荷大明神 白龍辯才天 堂島薬師堂弁財天 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 法相宗 |
| 創建時代 | 推古天皇元年(593年) |
| 開山・開基 | 聖徳太子 |
| ご由緒 | 堂島薬師堂は今から1400年余り前の推古天皇元年(593年)、勅命により聖徳太子が最初の官寺となる四天王寺を造営した際、難破した資材運搬船が漂着した洲(しま)に「堂宇」を建てたのが起源と伝えられ、「なにわの守護」として古くから信仰を集めてきました。「堂島」の地名はこのお堂が由来で、国内最古のお堂の一つと言われています。かつては堂島薬師堂には井戸があり、その水を汲んでお薬師さんにお供えする慣わしがありました。
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