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綱敷天神社のお参りの記録一覧
大阪府 中崎町駅

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きどっち
きどっち
2022年11月02日(水)1509投稿

JR大阪駅から徒歩15分ほどのところに鎮座。
大阪の真ん中にありながらどこか下町の風情があり、境内にいると騒音も感じないほど静かでした。
ちょうど境内では地元の方が空手?の稽古をはじめようとしているところでした。
なのでお邪魔をしないようにささっと参拝、そして写真を撮って失礼させていただきました。

昔、この地はほぼ海だったようで、川も多く低地だったため治水に悩まされていたとか。
ただ梅や松林があり、風光明媚で皇族などがよく訪れたそうです。
弘仁13年(822年)、第52代天皇の嵯峨天皇もこの地を御行幸され、仮殿を設けて一泊されました。

承和9年(842年)に嵯峨天皇御崩御され、その翌年、嵯峨天皇の皇子である源融公が嵯峨天皇御追悼のため太融寺に七堂伽藍を建立。
そして当地に嵯峨天皇の御名「神野」をとって神野大神宮を創建されました。

その後昌泰4年(901年)、菅原道眞公の九州大宰府までの左遷の際にこの地の紅梅に目を留められて、船の艫綱を円座状にして即席の座としその上に座られて梅を鑑賞されました。
それが「綱敷」の由来となっているようです。

御朱印は阪急電鉄「大阪駅」の北側・茶屋町にある綱敷天神社御旅社にていただけるようです。
詳しくは綱敷天神社HPにてご確認ください。

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神祇伯
神祇伯
2021年12月13日(月)1725投稿

阪急東中通商店街の中にある住宅街に建つ天満宮で、元々は第45代嵯峨天皇さまがこの地まで行幸していたときの頓宮になっていた場所で、皇子の源融公がその縁で嵯峨天皇さまを祀って創建した神野太神宮が起源となります。

綱敷天神社の鳥居

《鳥居と社号碑》

綱敷天神社の歴史

《由緒書き》
嵯峨天皇さまの諱が「神野」であったため社名に使われました。また、皇子皇女が多かったため、財政維持のため一部皇族の臣籍降下が始まったのもこの方からです。

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