ひらおかじんじゃ
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天児屋根命に会いに伺いました(≧▽≦)ゞ
御祭神
天児屋根命
比売御神
経津主神
健甕槌命
比売御神なんですが、天児屋根命の奥さん(天美津玉照比売命)とか大日霊貴命(天照大御神)とか言われていますが、謎です(笑)
伺った時に神前結婚式を執り行われていました。
呼ばれたって事すね(笑)
でも河内国一の宮ですので、色々見所沢山です。
狛犬がいない代わりに鹿さんがいるのが興味深い。
でも自分的には本殿ですね。
四柱の御祭神がそれぞれ孤立した社に祀られています。
つまり本殿が四社あるわけです。
しかも本殿と拝殿との間に堀がある…
非常に興味深いです。
さらに末社には天神地祇社があります。
御祭神が天神地祇、つまり天の神様(天津神)、地の神様(国津神)全て諸々祀っているという、スペクタクルな社です(笑)こういう祭り方、地元の神社にもありますよ( ̄▽ ̄;)
ありがとうございましたm(_ _)m
追記…
天児屋根命は歴史的に有名な藤原氏の祖神になります。
個人的には笑う神様みたいなイメージなんですけど、もっと格式高い神様になるんですよね。
健甕槌命は天津神最強の武神です。
ちなみにこの神社って元春日と呼ばれるそうです。
つまり春日大社よりも古いって事っすね( ̄▽ ̄)

枚岡神社(ひらおか~)は、大阪府東大阪市にある神社。式内社(名神大社)、河内国一之宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は、天児屋根命(あめのこやね)、比売神(ひめがみ)、経津主命(ふつぬし)、武甕槌命(たけみかづち)の4柱。春日大社は当社から天児屋根命、比売神を勧請したことから「元春日」とも称される。
社伝によると、創建は神武天皇即位前3年(紀元前663年)、神武東征に際して天種子命が勅命により天児屋根命・比売神の2神を東方山神の神津嶽(かみつだけ)に奉斎したことに始まる。その後、飛鳥時代の白雉元年(650年)に当地の古代氏族である平岡連(平岡氏)が神津嶽から現在地に奉還した。(なお、史料における当社の社名は、古代より「枚岡」と「平岡」の字が併用されている。)
平安時代の859年には、神階が最高位の正一位に昇叙したと国史に記載されている。また、927年の『延喜式神名帳』には「河内国 河内郡 枚岡神社 四座 名神大」と記載されている。
平安時代末期以降は、河内国一之宮として崇敬を受けたとされるが、史料に明確な記載がない。鎌倉時代の1275年に西大寺の叡尊が衆僧100余人を率いて参詣し、蒙古襲来に対する大般若経の講讃転読を行った記録がある。戦国時代の1574年には当社神官の水走有忠(みずはいありただ)が織田信長と合戦し社殿を焼失、1605年に豊臣秀頼が復興のために社領などを寄進している。江戸時代には徳川幕府からの崇敬はほぼなったようで、村から社領5石の寄進を受けたのみ、1826年には氏子が現本殿を造営している。明治時代には近代社格制度において官幣大社に列し、昭和戦後、神社本庁の別表神派に加列している。
当社は、近鉄奈良線・枚岡駅の東口駅前すぐの場所にあって、駅のホームから一の鳥居が見える。境内地は生駒山脈の西麓に位置し、社殿は西面して鎮座している。もともと山岳信仰が発祥ということもあり、本殿は山の中腹にあるが、背後の山上に<神津嶽本宮>がある。他の一宮と比較すると、境内は広くはないが、4つの本殿が横に並ぶ独特な形式をもっている。
今回は、河内国一之宮であるため参拝することに。参拝時は週末の朝一、神職の方々はまだ準備中だったが、おそらく地元の人々中心に、参拝者はぱらぱらと見受けられた。
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